2017年06月12日

魂は自由自在であっても肉体に宿ると物質世界のルールに従わなければならない苦しみ

魂は自由自在であっても肉体に宿ると物質世界のルールに従わなければならない苦しみ

どのような偉大な魂であっても肉体をもって生まれてきたならば、物質世界のルール・法則の中で生きていかねばなりません。

仏教では、生・老・病・死といわれる四苦の苦しみを説いていますが、『生』は生まれてくる苦しみであると説かれています。
しかし、魂が肉体という衣を着て生きていく過程においても、やはり、苦しみは生じてきます。

プラトンでさえ、「パイドン」という著書の中で、『肉体は、これを養う必要のために我々に無数の面倒をかけるものだ。それに、病気にでもなろうものなら、我々の真実の探求は妨げられてしまう』と述べています。

ですからプラトンが述べる哲学者の使命とは、魂を肉体の結びつきからできるだけ解放することだと言われています。

真実の哲学が述べ伝える真理は、仏教と相通じるものがあります。
ギリシャ哲学、ドイツ観念論哲学等、すべては仏教に通じていると思います。

魂は本来、霊的世界について語っているところの哲学や宗教を求めているはずです。

しかし、魂が肉体に宿ると、肉体に基づく感覚器官によって魂が堕落する方向に物事を判断してしまいます。

20世紀後半、科学万能主義とダーウィンの進化論、実存主義哲学が世界を覆い尽くしたために、五感を通して確認できないものは、否定する方向で時代がながれてきました。

社会的流れが唯物的なので多くの人達は、人間の本質とは何かを自分で深く考えることなく、テレビや新聞や低俗な雑誌による情報に流され人間の本質を見失っています。

また、過去に説かれ教え、宗教を学び実践している人たちであっても霊的世界を信じることができずに、ただ、お題目を唱えている人たちも数多くいるように感じます。

日本は、法華経、浄土真宗及び浄土宗等、他力本願型宗教が定着しています。
しかし、他力本願型宗教は因果関係を無視して、「南無妙法蓮華経」と唱えれば幸福になれる。念仏を唱えれば幸せになれる等、苦しみの原因を自己責任としないで、他に求める傾向があるのではないかと考えらます。

霊的世界を証明しようとした偉人は、過去数え切れないほどいると思います。
ギリシャ時代のソクラテス、プラトン、キリスト教や仏教、スウェーデンボルグ、ルドルフシュタイナー、日本では、源信、空海等、数えればきりがないほど存在しています。

つまり霊的世界を知る機会は、随所にあるということだと思いますが、霊的世界を知ることで、人生を生きていく意味が全く違ってくると思います。

肉体に宿ることで魂は盲目になりますが、そのような盲目状態で、魂の本質・霊的世界についての認識を得ることが、悟りにつながっていくのでしょう。



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2017年06月11日

芸術が持つ霊的エネルギー

芸術が持つ霊的エネルギー

人智学のシュタイナーは、子供の頃には美的な感覚、感性を育てて、芸術的なものに対する感情を呼び覚ますように配慮することが大切であると述べています。

小さいうちは感受性が高いので、美しい音楽や絵画にふれ感性を磨いておくことで大切であると言われています。
その理由は将来、存在に対しての愛情や、人間としての道徳律、あるいは人生の困難に立ち向かっていく勇気などを育むためです。

ヘーゲルは芸術について以下のように述べています。
「日常的な内容と形式からの精神の解放であり、感覚的な現象のなかへの絶対者の降臨とそこでの和解です。・・・・・相手のきびしい労苦と骨の折れる認識の努力にあたえられる、最良の報酬です。」


芸術は、疲れた心と体を癒す力と働きがあるようです。

芸術は、精神的苦痛や肉体的な疲労から解放し、心を癒してくれます。

芸術とは美しさと言い換えることも可能であると思います。
ヘルメスの時代のギリシャ的な美とは、愛と知が内包されたものでありました。
日本的美の感覚とは、日本の女神の特徴であるところの心の清らかさと調和にあると言えます。

芸術には、精神的・肉体的疲労によって消費した霊的エネルギーの供給という力、作用があると考えられます。
ですから、精神的肉体的に成長する過程にある子供には、霊的エネルギーの補給という意味で芸術に触れることが大切なのだと思います。
芸術が、子供の成長に必要な霊的エネルギーの供給であるとするならば、芸術は愛とも深い関係があるはずです。

「この世界には、肉体の感覚でとらえる事物しか存在しない」という唯物論的世界観は、世界の現実の半分しか見ていません。

唯物論的なものの考え方には、物質を生じさせている、霊的作用についての認識が抜け落ちています。
物質は、それ自身の力だけで存在することはできません。霊的な力によって支えられていなければ、物質が物質として存在することは不可能です。

神の光を内包した芸術とは、天上界の光が結晶化し三次元的に翻訳され、人間の感性によって受け止めることができる霊的エネルギーの供給であると考えます。


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