2017年03月06日

人は感性的表現によって感動するもの

人は感性的表現によって感動するもの


総裁先生は以前、すぐれた「詩」は哲学や思想、文学より霊的に優れていると、おっしゃっていました。

それは、本質やエキスを凝縮して、内容を美しい言葉で表現し、人の感性に訴えかけ、感動を与えるからです。

天上界から降りてくる「詩」等は、頭で考えて理論整然と組み立てて理解していくという形式ではありません。
あくまでも霊的感覚で感じ取るものであると思えます。
感性的に神の世界を感じ取り、心が感動するのでしょう。

ヘーゲルは、神と人間の関係を以下のように述べていました。
『宗教は、人間と神は信仰を通して結び付けるが、哲学は論理で人間を神の位置にまで高める』
しかし、トマス・アクィナスは正しい信仰を持つためには、その宗教の教義が正しいのか間違っているのか、理性的判断能力が大切であるといわれていたと思います。
ですから、信仰を持つ前段階として、理性的な価値判断ができる必要があるということです。

これに対して人智学のシュタイナーは、ヘーゲルの哲学を絶賛してはいますが、あまりに抽象的・論理的で普通の人の理解力では到底、ヘーゲル哲学の真意を汲み取ることはできない、論理的すぎるので感情、感性にささらないので心が温かくなると言うことがない。と述べていたと思います。

本質的内容を短く美しい言葉で表現し、人の感情に訴えかけ感動を与えると言うことは素晴らしいことであると同時に、霊的にも優れていることと思います。

しかし、感性にかたよりすぎると、物事の善悪の判断があいまいになり、間違った決断をする可能性もあります。

魂の性質である、感性・知性・理性・悟性をバランスよく高めていくことが理想であると思いますが、少なくとも真理を知識として知っていれば、それほど間違った判断をすることもなく、中道を外れることはないとおもいます。



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2017年03月05日

聖母マリア 母としての愛

聖母マリア 母としての愛


母親としての、また女性としての愛についての考えてみます。

現在は、ビジネス社会のみならず学校においても、競争主義あるいは成果主義が主流になっていると言えます。
競争社会は、国の発展、個人の成長という観点からは必要であると思います。

しかし・・・・

男性と女性では、やはり大きな方向性としての魂の傾向性に、違いがあると認めなければなりません。

もし母親の子供に対しての接し方や愛し方が、成果主義的な考え方、競争に勝ち結果をだせたら愛してあげるというような条件付きの愛だとしたらどうなるでしょうか。

子供にとって母親の存在は非常に大きいのです。
勉強ができるから愛するというのであれば、できなければ愛さないと言っているようなものです。

勉強ができる、競争に勝つといった条件に関係なく、優しく見守ってくれている存在が母親であると自分は思います。

もちろん子供の躾には、厳しさが必要でしょうが、その厳しさとは子供に良くなってほしいという愛の思いが基本にあるからでしょう。

成果主義的な男性世界の価値基準を女性があまり持つべきでないと自分は思います。

女性の特徴は、優美と言われているように包み込むような優しさや美しさにあると思うので、あまり男性と競争しようとしないでほしいと言うのが、自分のお願いです。

『包みこむ母の愛こそ子供が成長していくときの力になる』と言う言葉に尽きると思います。



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posted by ガンちゃん at 23:07 | Comment(0) | HS/ガンちゃんの感想・考察 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする