2017年07月02日

宇宙を支配している愛の働き

宇宙を支配している愛の働き

マルクス・アウレリウスは、「善い人間の在り方を如何について論じるのはいい加減で切り上げて善い人間になったらどうだ」と述べています。
愛は、自分自身の自己変革を要求するのかもしれません

ソクラテスは、「一番大切なことは、単に生きることではなく、善くいきることである」と述べています。
ソクラテスが論じている善く生きるとは、どのような生き方なのでしょうか。
人間社会における正しさの価値基準はどのように決められたのでしょうか。

地上における善悪の価値判断の根拠は霊的世界にあり、それが地上に降りてきて具現化されたのだと思います。
霊的世界において、天国と地獄があるということは、善と悪を分ける明確な基準があることを意味しています。

霊的世界における善悪の価値基準が、地上において道徳というかたちで具現化したのかもしれません。

道徳とは、車社会の交通ルールと同じです。
もし交通ルールは必要なく自分の好きなように走りたい、と考えたならば大変な事態になるでしょう。
どこから車が飛び出てくるかわからないし、危険が増すばかりです。
何をしてもかまわないという責任を無視した自由は結局、自分と相手を不幸にする考え方であるといえます。


大宇宙にも正しさの基準、ルールといいますか法則があるのでしょうか。
大宇宙の中では正しさの基準は一様ではないかもしれません。

しかし・・・・

宇宙で一番大切なものはやはり愛なのではないかと思います。

愛は時間や空間をあらしめている力であり、これは単に思想的、宗教的に言うのではなく、現実的、物理的な力でもあります。
愛の大河が静止したら、時間・空間、存在自体が消滅してしまうでしょう。

大宇宙の存在をあらしめている力は、愛と呼ばれるエネルギーの大河です。
宇宙に生きている生命体は、その存在すべては愛によって生かされてます。


その愛の力を少しでも知ることができたなら、謙虚になる以外になくなるでしょう。

愛といっても条件付きの愛は、少なくとも神の愛とはいえません。
無条件の愛といっても、実践はそう簡単にできるものではありませんが、いつもそちらの方向を見ていることが大切であると思えます。

いつもそちらの方向に向いていることが、自分が成長し、神仏に近づいていくことになると思えます。
小さい子供も優しそうな人には自分から寄ってきて、話しかけてくるでしょう。
我々も神仏に向かって心を開いていることが大切なことであるかもしれません。

全宇宙すべての生命体は、深いレベルでつながっている存在です。
そのような視点を持つべきであり、それゆえに信仰心が大切であると思います。

アウグスティヌスは「信仰は目に見えぬものを信ずることである。そして信仰の報酬は信ずるものを見ることのできる事である」といいます。

肉体的感覚器官で確認できる物だけが真実の実在ではありません
むしろ仏教では感覚的なものこそが夢幻と教えています。
過ぎ去っていくもの、変転変化するものは無常であり、蜃気楼とかわりありません。
真実なことは、目に見えないことの方が多いのです。

実存主義も大切ですが、それを超えて宗教はさらに大切であります。
マハトマ・ガンディーは、「宗教心を持たずしては、何人も生きられない。」といいました。

宇宙から見た自分の存在、あり方という観点で考えてみますと、宗教心を深めていくことが人生の王道であると思えます。


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posted by ガンちゃん at 02:18 | Comment(0) | HS/ガンちゃんの感想・考察 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年06月25日

「生・老・病・死」の死を乗り越えて 魂の不滅と転生輪廻

「生・老・病・死」の死を乗り越えて 魂の不滅と転生輪廻

死について考えてみます。
フランシス・ベーコンは次のように述べています。
「子供が暗闇に行くことを恐れるように、人は死を恐れる」。
黄金の法によりますと、英国経験論哲学の創始者フランシス・ベーコンは一般的には知られていませんが、霊能者であったと書かれています。
ベーコンは、「随筆集」や「ニュー・アトランティス」岩波文庫の著書で知られている哲学者です。
経験論哲学だからといって、ベーコン自身が死を恐れていたわけではありません。

現代に蔓延している唯物論者、唯物論的科学者や唯物論的哲学者など、この世的には知的にうつる人達が、五感で確認できないこと、科学の条件である追試(同じ条件で実験したら、必ず同じ結果になる)ができなければ、否定的な立場にたつ態度が地上に誤った価値観を蔓延させてしまいました。

しかし哲学者のプラトンはこのように述べています。
「哲学とは、死に対する準備である」と。
どのような意味なのでしょうか。

それは、人間としての正しい生き方、生まれてくる目的と使命を知るということでしょうか。

近年スピリチュアリズム(神霊主義)が、心霊研究、霊魂についての存在証明や霊界の実態についての科学的な研究が進んできました。

この現代に蔓延している唯物論的価値観を打ち破るために、天上界からいろんな働きかけがあるのと同時に、地下に生息する者たちの惑わしもあります。
霊言にしても、声が聞こえたことをもって、何のフィルターも通さずに天上界からの通信と信じこんでしまうことは危険があると思います。それは私が言わずしても、他の人も同じことを述べている人がいますし、総裁先生のご著書にも霊的に通信を送ってくる存在の正体を見抜く為には、自惚れや慢心の心があれば、まず見抜くことはできないと教わっています。

相当深い認識がなければ霊存在がどのような目的や意図で、霊言を下ろしてくるのか見抜けないとも教わっていると思います。

また、あるスピリチュアルな本には、その霊言の真実性を見抜くのは、「理性」と書かれています。最終的にその霊言が正しいかどうかの最終判断は理性による判定であるということです。
良心に照らし、人道的にみて納得できるかどうか、これが決め手になると書かれています。

マイヤース(霊界通信)は死について、以下のように述べています。
「死の秘密は、ひっきょう自己のまとう外皮の振動する速度の中に見出される。地上の人間は何によって自己の環境を知り得るか。それは彼の肉体が、ある特殊な速度で振動しているからです。試みに汝の肉体の振動速度を変えてみるがよい。その瞬間に大地も、男も女も、その他一切の物体も、全部汝の視界から消失し、同時に汝自身も彼等の視界から消失する。しかるが故に死とは、単に振動速度の変化である。」と述べられています。

肉体や物質も固有の振動数をもっているといわれています。
物質に触れて実体があると感じてしまうのは、物質と肉体の振動数が、だいたい同じであるからかもしれません。
例えば、テレビやラジオの周波数を変えると、音も映像も消えてしまいます。
私達が肉体から違った波長の霊体に生命の本拠を移す(肉体から霊的生命に移行する)と、その周波数(振動数)が変化して、物質世界は消失します。
それとともに物質世界の人の目からも私達の姿が消失します。これが死とよばれるものです。

死とは、肉体と霊体を結ぶシルバーコートの切断、魂が肉体から霊界に移動したことによる振動数の変化と定義できるかもしれません。

死の意味を知ることで、人生観が180度転換することでしょう。死してなお永遠の生命があり、霊的世界で一定期間、生活した後、また環境を変えて地上に生まれ変わってこられるということは素晴らしいことであると思います。

私自身も、宗教を学ぶ上で一番うれしかったことは、転生輪廻の思想で死んでも再び新しい環境で、人生を生きることができるということを知った時でした。

死の真実の意味を知るということは、今世での地上生活が実りあるものになると思います。



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posted by ガンちゃん at 23:36 | Comment(0) | 宗教・思想について | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする