2017年08月16日

本当の平和とは戦わないことではない 日本の反核運動家はなぜ北朝鮮・中国に核廃絶を呼びかけないのか

本当の平和とは戦わないことではない 日本の反核運動家はなぜ北朝鮮・中国に核廃絶を呼びかけないのか

米国では、北朝鮮の核兵器の脅威に対して、どのように対応するか必死に論じられています。
ましてや日本とって北朝鮮の核は、目前に迫っている脅威であるはずです。

なぜか、日本の反核運動は、北朝鮮に対しての核兵器廃絶を訴えずに、日本国政府に対して非難しています。
彼らには、核廃絶後に訪れる日本と日本人の未来の予測がまったくないと言えるでしょう。
それは、日本の神々の霊域の消滅と日本人の奴隷です。

北朝鮮の核問題は、現実的な危機です。

日本の反核運動を支持する人たちの中に、中国共産党のスパイがいるとしか思えません。

長崎市長は今回の「平和宣言」で、日本の核抑止政策や世界の安全保障政策を非難しています。
非難だけはしていますが、核廃絶に向けた政策が何も語られていません。
何も考えていないのでしょうから語れるわけがありません。

長崎市長は、核兵器を持つ国々と核の傘の下にいる国々に「核兵器によって国を守ろうとする政策を見直してください」と述べています。
また、日本政府に対しては「核の傘に依存する政策の見直しを進めてください」と述べていました。

長崎市長は、核の傘にいる国々及び日本人に奴隷になるか死んでください、と言っているのでしょうか。
これは、「平和宣言」ではなく、属国宣言、奴隷宣言、日本沈没宣言です。

左翼も長崎市長も共通しているところは、否定だけはしますが、その後に対する具体的な政策がありません。

日本の核抑止政策や世界の安全保障政策を非難するなら、それ以上の具体的政策を述べるべきです。
それがなければ、きわめて無責任な人が市長をしているということです。

 一方、ワシントンではトランプ政権を中心に、北朝鮮の核の脅威をどう抑え、どう取り除くかについての政策論が、論じられています。
経済制裁から軍事攻撃まで具体的に展開されています。

核保有国は中国と北朝鮮以外どの国も、自国や同盟国の防衛のために核兵器を保有しています。
ですから、核保有国は放棄や破棄は絶対にできない、という立場を明らかにしています。

長崎市長は、「核兵器禁止条約」が採択されたと述べていますが、強制力はまったくありません。

そのうえで核保有国は核兵器禁止条約について、次のような声明を出しています。
「この条約は国際的な安全保障環境の現実を無視しており、1つの核兵器の削減にもつながらない」(米国)

「わが国の安全保障政策は核抑止に基づいている。核の放棄は弱さを認めることであり、この条約には署名も批准もすることはできない」(フランス)

「この条約ができても、わが国が核兵器について負う法的な義務にはなんの変化も起きない。いまの国際情勢下でこの条約は認められない」(イギリス)

国連の核兵器禁止条約に対して日本政府は明確に反対を表明しました。
岸田文雄前外相や別所浩郎国連大使ら政府当局者たちは「米国の核の傘に依存する日本が核兵器全面否定のこの条約には賛成できない」。
「北朝鮮がこんな状況なのに、核保有国の存在を認めない条約には絶対に反対だ」と語っています。


反核運動家や長崎市長が主張するように、日本が米国の核の傘を排すれば、どのようなことにつながるかは明らかです。

北朝鮮、中国のような国際常識をもたない核保有国が、核攻撃をしかけるぞと脅かされ、あっさり降伏するのでしょうか

日本人は、世界的な視野もちつつ世界の現実を知らなければならないと思います。
特に左翼関係者と朝日新聞

msnニュース参照
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posted by ガンちゃん at 20:03 | Comment(0) | 政治・経済 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年08月09日

共産主義国家から日本国民の信仰・自由・生命・財産・権利を守るためにも防衛力強化へ

共産主義国家から日本国民の信仰・自由・生命・財産・権利を守るためにも防衛力強化へ


左翼を平和勢力と考えているのは日本人だけです。
共産主義の一党独裁主義の場合、軍事と一体になっていると言えます。

共産主義、社会主義を平和勢力と考える左翼系の人達は、学生時代にマルクス主義を勉強した人たちでしょう。
共産主義が世界に半分まで広がった理由はいくつかあると思います。
宗教と共通するところもあると思いますが、一つは、邪見に染まると正しい判断ができないということです。
共産主義の宣伝で歪められた見解を正すのは難しいことでないかもしれませんが、それよりも間違ったものの見方をする人たちを適正な正しい考え方に戻すほうがはるかに難しいことです。
第一印象が残っていて、それが偏見になっているからです。

1916年度にゴンクール賞を受けたアンリ・バルビュスは1928年に『すばらしきグルジア』という本を書いて、金のためにスターリン体制を褒めたたえました。
しかし、この本になかには、1921年にスターリンとその手下のオルジョニキッゼがグルジアで大量虐殺を行ったことなど書かれていません。

共産主義の宣伝に対して、西側諸国は長いあいだ例外的な盲目ぶりを示してきました。
この盲目ぶりは、共産主義と左翼の人達を、正当化してしまいました。
民主主義諸国では、政治的社会的な対立が生じているのに、社会主義国家では、ユートピアが現実になっていると信じられていたのです。
共産主義はその明るい面だけを見せていました。
それは、啓蒙であり、社会的人間的な開放の伝統であり「真の平等」とグラックス・バブーフが最初に言った「万人の幸福」でした。
そして、この明るい面が、共産主義の闇の面をほとんど完全に隠蔽することになります。

共産主義の実態とは、いかなるものでしょうか。
共産主義体制は、自分たちの権力を確立するために大量殺人を統治システムにまで高めました。

共産主義が犯してきた犯罪は数えきれないほどです。
スターリンは、大量虐殺、粛清はもとよりモスクワにあるいくつかの教会を破壊しました。

共産主義黒書 〈ソ連篇〉参照


北朝鮮や中国には日本のような平和主義は通じません。
中国のような国際法が通じない国、北朝鮮のように狂った国に対しては、国を防衛するための軍事力は最低限必要なものです。

全体主義の基本的考え方はすべてを「否定」することです。
自分は何をするということは言わずに、すべてを否定します。
全体主義の唯一の綱領は否定であるといわれています。

共産主義者のように日本国を防衛するための軍事力を否定する人は、共産主義の得意な粛清を適用してもいいのではないかと思えます。
共産主義は言論の自由も統制されているはずなのに、共産党は言論の自由だけが民主主義というのもおかしな話です。


どうしても憲法が邪魔して、防衛力を強化できなければ、ナポレオンが述べているように、「祖国を救う者はいかなる法律を犯しても法律を犯したことにならない」という言葉を適用したいと思えます。


ナポレオンは、「戦争においては,天才とは事実の中で思索することである。」と述べていますが、この定義から考えてみますと、私が知らないだけかもしれませんが、日本には戦争における天才はいないことになります。

全体主義は、信仰の自由を奪うものです。
それは必然的に、神や仏を信じていない人間機械論の世界観です。
神や仏を否定する全体主義を地球上からなくさなければなりません。

最後に信仰心について、ゲーテは「ヴィルヘルム・マイスターの遍歴時代」の中で次のようなことを書いています。
『生まれよい健康な子供は多くのものを具えています。自然はすべての人に、一生の間必要とするすべての物を与えました。これを発展させるのが私たちの義務です。〜しかし、ただ一つ持って生まれてこないものがあります。しかも、それこそが人間があらゆる方面にかけて人間であるためには、最も大切なものです。・・・それを見つけることが出来るなら言ってごらんなさい。
「畏敬です。」これはすべての人にかけています。たぶんあなたご自身も‥』

神や仏の存在を否定する勢力とは徹底的に戦わなければなりません。



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posted by ガンちゃん at 18:20 | Comment(0) | 政治・経済 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする