2017年04月02日

形式にこだわると争いが生じる 宗教の本質は愛である 

形式にこだわると争いが生じる 宗教の本質は愛である 


イスラム教は、偶像崇拝を否定します。
また、ユダヤ教においてもモーゼは偶像崇拝を否定しました。

しかし、偶像崇拝を否定した本当の意味とは何かを考えてみますと、人間には仏性や神性があるという点で、本質的に神と同じものがありますが、だからといって神ではありません。

偶像崇拝を否定する本来の意味は、人間が神と同じように、同列に見られる恐れがあり、神に対して畏敬の念をもつ必要性を感じなくなる可能性があるからだと思います。

ある意味において、形だけを守ることに重点がある宗教は、知らず知らずのうちに唯物論的な考え方に影響を受けているように感じます。

仏教の宗派の一つに座禅を中心に進めるところがありますが、形のみで中身があるとは思えません。
形だけを見れば、仏陀も座禅をしていましたが、ただ座っていただけでないことは明らかです。
瞑想して霊天上界と交流していたのでしょう。

ですから、偶像崇拝自体が間違えというわけではなく、心から神に対して信仰心があると言えますか、畏敬の念をお持ちですかという点が大切なのだと考えます。
偶像をみたら破壊する行為は、明らかに間違えであり、神の御心から離れています。

世界の三大宗教である、キリスト教・仏教・イスラム教の教えは、本来、根源の神から降ろされた教えであると教わっています。

その根源には、愛と慈悲と智慧の神である主エル・カンターレという御存在がいます。
主は多様な教えがあることを「よし」とされています。
なぜ、多様な教えがあることを善としているのでしょうか。
それは、自分が正しいと思っている教え以外にも、神の正しさを有している教えがあり、そのような多様な神の教えを学ぶことで、無限に進歩する可能性があるからだと思います。

しかし、哲学的には人間の認識力に限界がないと説いている哲学者もいますが、一般的に言って人間の認識力には限界があると考えていいと思います。
ですから、他の宗教との違いに関心が集中して、共通点を見出し理解し合うということができませんでした。
理解ができないということが憎しみに変わり、相手を否定する行為につながっていったのでしょう。

仏教には転生輪廻の思想が確立して、当然のこととして仏教徒たちに受け入れられていることでしょう。

ところがキリスト教には転生輪廻の思想が、聖書を読む限りにおいて明確に説かれているとは思えません。
しかし、よくよく聖書を読んでみると、転生輪廻の思想がなければ成り立たない会話があります。
「イエスが弟子たちと、ピリポ・カイザリアの村々へ出かけられたが、その途中で、弟子たちに尋ねて言われた、『人々は私を誰と言っているか』。彼らは答えて言った、『バプテスマのヨハネだと言っています。また、エリアだと言い、また預言者の一人だと言っている者もいます』

上記の会話は、転生輪廻を前提として受け入れていなければ成立しないと自分は考えます。
おそらくキリスト教が国教になる時点で、転生輪廻の思想が削除されたのではないかと考えられます。

正統派といわれる教会は転生輪廻の思想を異端として退けてきましたが、実は、教えとして十分に残っていなかったことが原因であったということです。

ですから、仏教とキリスト教は相性がいいのです。
というよりイエス様は仏教の教えを学んだといわれていますから、キリスト教には仏教の教えが含まれているのです。
グノーシス派では、人間の悩みの原因を智慧の不足と考えていたようですが、仏教においても苦しみの原因は、真理を知らない無明が原因であるといわれています。
キリスト教の愛の教えと仏教の慈悲は同じものでしょう。

仏教とキリスト教は融合可能な宗教です。

しかし、ここで『われ以外、神なし』と言った霊存在がいます。
この霊存在は、ヤハウェといわれていますが、ヤハウェはアブラハムであり、ルーズベルト、フビライ・ハンといわれる霊存在です。

われ以外に神がいないということは、必然的に他の宗教の神は偽物であるということにつながります。
これが、宗教同士で争いが絶えない根本的原因であると考えられます。
信じれは信じるほど骨肉の争いに突入します。

宗教間の争いは、神の責任ではなく、神の教えを正しく理解できなかった人間側の認識力の問題であるともいえます。
宗教間の争いを思想レベルで統合し、止揚統一できる宗教は、幸福の科学の教えであります。
思想レベルで融合し、具体的力によって教えを広めることが地球レベルの平和につながるものだと信じる者です。

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posted by ガンちゃん at 02:44 | Comment(2) | 宗教・思想について | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年03月26日

ナグ・ハマディ写本 イエス様復活の真実を考察

ナグ・ハマディ写本 イエス様復活の真実を考察


ナグ・ハマディ写本 白水社を読んだ私の考察になります。
幸福の科学の公式見解とは違いますのでご了承ください。
(黄金の法講義は参照しています。)

ナグ・ハマディ(町名の英語読み)で発見された福音書があります。
この福音書の一つに『ピリポ福音書』というものがあります。
これは、現代正統派としての新約聖書の記述とはだいぶ違う内容のようです。

「・・・〔救い主〕の伴侶はマグダラのマリア〔である〕。
〔しかしキリストは〕彼女を〔どの〕弟子よりも〔愛した〕。そして彼は、彼女の〔口〕に〔しばしば〕接吻をした。他の〔弟子たちは感情を害し〕・・・彼に言った
『なぜあなたは私たちすべてよりも彼女を愛するのですか』。
救い主は彼らに答えて言った。
『なぜ私は彼女を〔愛する〕ようにおまえたちを愛さないのであろう』」

明らかに、イエス様の伴侶はマグダラのマリアと書かれています。
マグダラのマリアは娼婦だということで、社会的地位は低かったのかもしれません。
ですから、新約聖書を整理する段階で、マグダラのマリアを除外し、イエス様の母親であるマリア様を聖母マリアということで前面に立てたのでしょう。
正統派の福音書としては、「マタイ福音書」「マルコ福音書」「ルカ福音書」「ヨハネ福音書」の四つの福音書がありますが、実際、それ以外にマリアの福音書、トマスの福音書、上記で書いたピリポの福音書等、多数の福音書があるようです。

正統派から除外されたグノーシス(知識という意味)主義者は、復活を文字通り受け取る見解を「遇者の信仰」であると呼んでいます。
大事なことは文字通りに見るということではなく、霊的にみることです。
彼らの亡き師が生き返ったと宣言した人々は、霊的真実と実際の出来事を混同している。と述べています。
ですから、イエス様の復活に関して、真実は霊的復活現象を物質的な現象と混同して考えた人々がいたということでしょう。

グノーシス派の教師が弟子に書いた手紙『復活論』がナグ・ハマディで発見されていますが、その中で次のように書かれています。
「復活を幻影だと思ってはならない。それは幻影ではなく実在するものである。むしろ、この世が復活よりも幻影なのだ、と言われるべきであろう」と述べています。
さらに、通常の人間の存在は霊的には死にあたると説いています。
これは仏教的世界観、空の思想に通じるものがあります。

復活とは覚醒のときであり、真に存在するものがあらわになることで・・・新たなる存在への転移(移行)だからであると書かれています。

どのような意味があるのでしょうか。
真に存在するものがあらわになるということは、イエス様が肉体を脱ぎ捨て、霊的実在(存在)に移行したという意味だと解釈します。

『ピリポに送ったペテロの手紙』もナグ・ハマディで発見されていますが、イエス様の死後弟子たちが、オリーブ山で祈っているときの話が記されています。
「大いなる光が現われ、その結果、現れた者のところから山は輝いた。そして、一つの声が呼びかけて言った、『聞きなさい・・・私はイエス・キリストであり、あなたがたとともに永遠にいる者である。』」
彼らの前に現れた救世主イエス・キリストは、元の姿ではなく、見えざる霊として現れたようです。
そして、その容貌は大いなる光の天使の容貌であったと書かれています。

光り輝く存在として現れたと同時に、自身をさまざまな型に変容していたと『ピリポ福音書』にも書かれているようです。
「イエスは彼らすべてをひそかに連れて行った。なぜなら、彼は実際そうであったように示さず、彼らが彼を見ることができるように示したからである。
彼は自分自身を彼らすべてに示した。彼は自らを大きい者には大きい者とし・・・小さい者には小さい者として現した。
イエスは、未熟な弟子には子供として、一方、円熟した者には知恵の象徴である老人として現れた。」
グノーシス派の教師が述べているように、各人はその人自身の仕方で主を認め、その仕方は同様ではないのである。と書かれています。

これは、どう考えてもベガの人達の能力であるとしか思えません。
各人が見たいと思うとおりにイエス様が見えるということですから、このような能力の持ち主はベガの人達以外に考えられません。

ですから、弟子たちは霊的に復活したイエス様を目撃しましたが、その他多くの人達(民衆)は、いろいろなイエス様の姿に変化した、ベガ星人を目撃したのではないでしょうか。


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posted by ガンちゃん at 03:07 | Comment(0) | 宗教・思想について | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする