2017年12月02日

主が期待されていること

主が期待されていること

日本では、数十年以上も法が説かれ、霊的世界に関しての証明が数限りなくなされてきました。
それにもかかわらず、信じない人が、かなりの人数いるのではないでしょうか。
それに対して、他の国の人々は一度教えを聞いただけでその場で信者になるというのですから、ある意味ですごい信仰心だと思います。
他の国の人たちの方が本来の姿なのであって、日本人の方が宗教に対しての考え方がおかしいといえます。宗教を否定することをもって知識人、あるいは現代人だと錯覚しています。
その錯覚自体が精神性の低さを表しています。

宗教国家であるのか、唯物論的考え方に近い国家であるのかによって、法の伝わり方や理解のされ方が全く違うということです。

日本人は、宗教を学問と同じように一つの枠として考えているようです。
真実の法には、進歩と調和の原理が含まれています。
あの世の価値観、霊的世界観を提示し、修行を通して神や仏に自分自身を近づけるという進歩の原理と、個人を超えた公的な幸福、社会の発展繁栄を享受しながら地上にユートピアを築き上げていく、この方向性の違うベクトルを融合しながら個人と社会がともに発展していく教え、それが幸福の科学で説かれている法であります。

海外の人たちは、法を一回の講演会で理解し、会員になるというのですから本当に素晴らしいことであると思います。

キリスト教や仏教、儒教など宗教の違いがあったとしても真実を真実として受け止めることができる信仰心は大いに学ぶべきだと思います。

与える愛から始まって、霊的世界観に裏打ちされた真理知識を学び、間違った考えや行動に関しては反省をする。
更に個人や全体の繁栄発展を目指していく現代の四正道を実践する中に幸福の科学の求める理想があると思います。

まず個人としてできることからはじめ、努力精進する過程で社会全体にユートピアを広げていくような活動を、総裁先生は期待されているのはないかと思います。


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posted by ガンちゃん at 13:01 | Comment(0) | HS/ガンちゃんの感想・考察 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年11月21日

プラトン国家より「エルの物語」と臨死体験

プラトン国家より「エルの物語」と臨死体験

プラトン著『国家』最終章に、戦争で最後をとげたエルという人物が10日前後に生き返り、自分がみてきた死後の世界を語りだす「エルの物語」が書かれています。

信者以外の一般の人達に対して、霊的世界観の真実性を裏付けるために、いろんな情報と知識はもっていた方がよいと考えます。

戦争で最後をとげた多くの屍体が埋葬の為、運ばれてきましたが、エルの屍体だけが腐敗せず残っていました。
12日目、まさに火葬されそうとする瞬間にエルはよみがえり、自分がみてきた死後の世界についての話を始めました。

天の穴と地の穴があり、真ん中に裁判官が坐っていて生前の生き方について、正しい行いをした人は、右側の天を通って上に向かう道を教え、不正をおかした人達には、左側の下に向かう道を教えていました。

エルは近づくと、「おまえは死後の世界について、人間たちに教えなければならないから、ここでおこなわれることをすべて残らずよく見聞きするように」と言われました。

死後の世界は各人が犯した罪の10倍の償いを受けることになります。犯した罪や悪行はその10倍返しで自分に跳ね返ってきます。善行に関しても同じ割合で自分にかえってきます。

真理は単純な中にあり、善を行えば天国に帰り、悪を行えば地獄に落ちる。知を愛し人に対して優しく生きていく中に魂の成長、進化があり天使たちも微笑んで見守っています。

現代においても死後の世界を垣間見たという人は数多くいます。臨死体験も天上界の計画の一部だと聞いています。

臨死体験をしている時点で、それが死と関係していると気がつかない場合も多いようです。空中を漂いつつ、自分の肉体を見下ろしているうちに、突然不安や混乱が起きます。「こんな上のほうから、自分の肉体が見えるなんて」という感覚です。
霊的な知識がないと何が起きたのかわからず、混乱するようです。

心臓発作の激痛が、死の苦しみから深い喜びにかわったという報告もあるようです。唯物論的な医者や先生あるいは研究者といわれる人は、脳がこうした激痛に対して痛みを止める化学物質を産生するという理論をとなえていますが実証されているわけでもなく、反証する実験を行った者もいないと思います。

また、トンネルを抜けると光りの人々に会うという経験談も有ります。物質的な光で構成されているわけではなく、あらゆるものに浸透し、人を愛で満たすような、美しい強い輝きを放っています。
体験者は、「光といっても愛といってもいいのです。結局、同じことなのだろうと思います。」と語っています。
きわめて強い光であるにもかかわらず、眼を傷めることはありません。それどころか、暖かで力強く、生気にあふれているようです。

こうした体験をするとその後の人生も全く違ったものになるようです。人生をこの世限りだとする人生観、実存哲学的な人生観からでは、人間は不安と苦しみから抜けることはできません。

臨死体験という実際に霊的世界を体験した人たちは、だいたい共通する認識をもちます。
死に対しての不安がなくなり人生を充実して生きるようになります。また、愛の大切さに気がつく人が多いようです。ほとんど全員が愛は人生で最も大切なものだと言うようになります。幸福と願望達成は愛の証明であり、愛に比べるとすべてのものは色あせて見えてくるという人が大半です。

クリスマスキャロルという小説で、スクルージという意地悪なお爺さんがクリスマスイブに、過去の幽霊、現在の幽霊、未来の幽霊に出会い、過去や未来において自分の行いがどれだけ人々を傷つけていたかを知るに至り、心を入れかえることによって、すべてが輝いて見えるようになったという話であったと記憶していますが、同じ環境であっても心を入れかえることですべてが美しくみえてくるという点で、臨死体験と共通していると思います。

また、あらゆるものと、つながっているという感覚があるそうです。
宇宙にあるすべてのものとつながっているという感じを抱いて戻ってくるそうです。臨死体験は知識に対しても、それまでになかった敬意を抱くようになります。光りの存在に、勉強(学び)は死によって中断されることはないと言われた人もいます。知識はあの世に携えていくことのできるものであり、来世全体が知識を追求するための世界になっていると述べています。

「エルの物語」で語ったように、使命がある人は霊的世界を垣間見ることができ、それを実体験として報告する義務がある人もいますが、大半の人は臨死体験を経験することができないので、信仰心をもち、霊的世界を知識として学び、愛を深めていく生き方が大切であり、それを伝える活動も大事なことなのだと考えます。


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posted by ガンちゃん at 02:38 | Comment(0) | HS/ガンちゃんの感想・考察 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする