2017年11月06日

宗教的霊能力を高めるには幅広い関心と深い認識力が必要です

宗教的霊能力を高めるには幅広い関心と深い認識力が必要です

霊能力があるという人は、世界中に数多くいるかもしれません。
しかし、その霊能力が宗教性にまで高めることができる人は、数少ないと思います。

霊的能力が神から降ろされているのかどうかを見極めるために、古来より三つの証明が必要とされていました。真実の神の使者であることの証明として三つのことを中心に教えています。
『文証』『理証』『現証』の三つです。
文証とは、文で書いたものの中に法としての種が充分に埋め込まれていること。

理証とは、神の創造された宇宙を貫く法則を証明することです。
神のつくられた世界を科学的に証明するということです。

現証とは、霊的現象を目で見たり聞いたり感じたりすることです。霊的現象を感覚器官によって確認することで神の使者であるということの信用度が高まります。

文証、理証、現証が必要とされていますが、教えを説かれる人の性格によって比重の違いがあるとは思います。
しかし、正しい宗教指導者であれば、必ず三つの証明が必要とされてきました。

巷に存在する霊能者と宗教的霊能力を有する指導者の違いを見分ける判断材料は三つの証明という観点から判断できます。

霊的能力が身に及んで、それが通常の人達と違うという意味で慢心するようでは問題外でありますが、開花された霊能力の下支えになってくるのが、幅広い関心と深い認識力であると考えます。

人間に個性がある以上、好き嫌い、得意不得意の分野はあると思います。
自分が不得意の領域、関心がないことに関してはインスピレーションがたとえ降りてきたとしても受け止める器がありませんから、霊能力に限界が生じてしまいます。

知識として知っていなければ霊的能力を生かし切ることができません。
科学者の指導霊からインスピレーションが降ろされたとしても、科学に関心がなく知識として知っていなければ自分の認識にまで到達することができません。

哲学に関心がなければ、哲学者の指導霊からインスピレーションがたとえ降ろされたとしても受け止めきれないでしょう。

政治経済や芸術関係にしても知識と経験がなければ、やはり自分の認識になることはありません。
また、宗教を学んだとしてもその知識が間違いであり、あるいは邪教団であった場合には、地下の世界から指導が入るかもしれません。


ですから霊的能力を最大限に生かすためには、人間としての努力が必要であるということになります。
自分の関心領域を超えて日々学び、実践を通して努力精進することによって、霊的能力がさらに高まっていくのではないかと思います。

自分で努力をしない考えることもしない人には、常識的に考えても高級霊からの指導はないと考えて間違いないと思います。






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2017年10月22日

世界の宗教的問題を解決するためにも日本の発展繁栄は不可欠である

世界の宗教的問題を解決するためにも日本の発展繁栄は不可欠である

地球上にある思想的あるいは宗教的問題を大きくわけると2つあるといわれています。
1つは、神や仏を信じる国と、まったく神仏や目に見えない尊い存在を認めようとしない唯物論的な国です。
もう1つは、神様を信じてはいますが、その名前の違いや、教えの違いによっておきる対立です。
これに関しては、何千年にもわたっている思想的対立ですので、慣性の法則的に根深いものがあると思えます。

一党独裁軍事政権の中国は、世界の人口の1/5を占めているので、この国が唯物論的価値観に支配されていることを、神様は許さないでしょう。
それは、中国の国民が悪いという意味ではありません。
むしろ、複数の政党を持つ自由、言論の自由、出版の自由を束縛されている点で、国民は苦しみの中にあります。

唯物論的な考え方、思想は数千年前のギリシャにもありました。
しかし、霊的世界はあります。三次元的な材料をもってきて四次元以降、高次元の存在証明をしようとしても、誰もが納得する形で証明することはできないと自分は考えています。
ギリシャ哲学のソクラテス、プラトン、あるいはスウェデン・ボルグ、人智学のルドルフ・シュタイナー、宗教的には、イエス・キリスト、仏陀、源信、空海、など多くの偉人達が霊的世界に裏付けられた教えを説いてきましたが、その一方で、神を否定する唯物論的な思想もあり、真実が目隠しされた状態になっています。

人間としてどのように考えることが大切であるのかを深く考えた時に結論は明らかです。
上記で述べたように、物質という尺度で霊的世界を測定しようと考える方が間違いなのです。
しかし、あえてその不可能に立ち向かっているのが、幸福の科学です。

霊的世界を証明できないという通説に対して、霊言集というかたちで、霊的世界の証明をされようとしています。
自分がわかる範囲で過去の歴史を調べてみても、これほど古今東西の偉人や宗教家、思想家の考えや思想を霊言集という形式で世に問うている宗教家はいません。

これは、霊言集による精神革命であり、無神論国家にたいしての戦いでもあります。
実存主義が述べているように、人間は世界に投げ出された存在で盲目的生き物なのか、それとも人間の本質は目で見ることはできないが、神仏からわかれた霊的な思考するエネルギーであり、転生輪廻の過程で魂を磨き永遠に発展を目指している存在なのか、どちらが真実なのかを霊言集を通して証明しようとする前人未到の戦いが繰り広げられています。

しかし人間が本当に機械のような存在であるならば、なぜ、美しいものをみたり聞いたりして感動するでしょうか。
あるいは、自分が苦しんでいる時に優しい言葉をかけられたら、どうして勇気がわいてくるのでしょうか。どうして悲しい時に涙がこみ上げてくるのでしょうか。
神経作用は、外界の情報を提供しますが、その情報に対しての価値判断をするのは魂あるいは心であり、心こそ人間の本質であると言いたいのです。

中国は軍事力を背景に、将来的に食料を確保しようと考えているようです。しかし軍事政権では真実、その国が、その国民が幸せをつかむことはできないでしょう。

日本は幸福の科学の思想を全世界に発信するために、経済的に衰退してはいけません。経済的な繁栄・発展をバックボーンに、正義を世界に発信しなければいけないという以上、幸福実現党が勝ちあげっていく以外にありません。




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posted by ガンちゃん at 23:28 | Comment(0) | HS/ガンちゃんの感想・考察 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする