正心法語は仏教のエキスが凝縮された内容になっていると思います。釈迦仏教の根本は、三法印といわれています。諸行無常・諸法無我・涅槃寂静で、この三つの教えが説かれていることで、正当な仏教かどうかの確認がとれるとされています。
諸行無常は、この地上におけるすべてのものは変転変化していく存在であり、時間の流れが経過するなかで、移ろいゆくものであるということです。
原因や条件によって変化の方向、未来が変わってきます。それは個人においてあるいは、社会や国、世界においても、新しい原因行為によってつくりかえられ、変化しながら、流れていきます。
すべてのものに、誕生の時があり、成長していき、やがて老いが来て死がおとずれます。
現象が変化するということは、エネルギーの消費を意味しているのではないかと思います。物質世界が常に変転変化しているということは、三次元物質世界は高次元のエネルギーの供給を常に受け消費している、これを仏の光が射してくるとか、永遠の愛の大河といわれているものではないかと思います。また、エネルギーの消費が時間の経過をもたらしていると考えることができるので、時間と愛とは同じ意味かもしれません。変転変化こそ本質であり、時間が止まり愛の流れが止まった時、存在が消えるのではないか、それゆえにわれわれを含めたすべての存在は、仏によって生かされていると言えるのではないかと思います。
諸法無我とは、すべてのものは依存しながら支え合って存在しています。それ自身独立して存在しているものは一切ありません。自らなる性質はなく無自性で、他の関係において成り立っています。
すべての現象は滅びに向かって変化していきます。この地上に存在するものはすべてその内に滅びの性質を持っています。それゆえに地上的なもの感覚的なものに執着するなという教えなのだと思います。
涅槃寂静は、仏法を深く理解し、実践することで訪れる平和の境地なのでしょう。
仏陀は教えの力によって、智慧の力によって自分を変えていきなさいと教えられていたと思います。智慧を得ることで、それが一つの原因となり未来を変えていく力に変化していくのでしょう。未来を変える力は智慧の力であり、智慧を推し進め広げていく行為を慈悲というのでしょう。
天台大師智は天台小止観で「仏法の中では信を能入(入ること)とする。もし信がなかったら、仏法の中にあっても獲るところがない」と述べています。
仏を信じ、仏の教え(仏法)を信じる気持ちがなければ、仏法をいくら知識的に学んでも実りが少ないということを意味していると思います。
仏説・正心法語を中心とした経典を理解し、実践する行為が自分自身を変え、新しい原因となり、未来を変えていく力になると思います。
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