野田首相は、所信方針演説において「社会保障・税一体改革の意義」について、「半世紀前には65歳以上のお年寄り1人をおよそ9人の現役世代で支える『胴上げ』型の社会だった日本は、近年3人で1人の『騎馬戦』型の社会になり、このままでは、2050年には国民の4割が高齢者となって、高齢者1人を1.2人の現役世代が支える『肩車』型の社会が到来することが見込まれている」と述べ、国民の危機感を煽っています。
しかし、政府が示している「税と社会保障の一体改革」案を見ても、増税については詳細に示されていますが、年金破綻の抜本改革は見えて来ません。
国立社会保障・人口問題研究所が、65歳以上の老年人口1人を15歳から64歳までの生産年齢人口何人で扶養するかの推計(「将来推計人口」平成18年推計)では、1960年においては11.2人で老人1人を支えていたのが、1980年には7.4人、2005年3.0人、2030年1.7人、2055年1.2人で1人を支えることが示されています。⇒http://p.tl/1_ve
しかし、原点に立ち返って見れば「2人で1人を支える」「1人で1人を支える」ということは、「自分の親の面倒を見る」という家族の基本に立ち返ることを意味しているとも言えます。
平成22年度の「高齢者の生活と意識に関する国際比較調査結果(内閣府)」によると、「高齢者の生活費のうち主な収入源」は仕事による収入24.3%、子供などからの援助1.9%、公的な年金66.3%、私的な年金1.2%、その他6.2%となっています。⇒http://p.tl/nOEI
一方、韓国は「高齢者の生活費のうち主な収入源」の30.1%は「子供などからの援助」となっており、「家族の絆」の強さを示しています。(同上)
「子どもに主として経済的に依存する老人の割合の変化」(厚生省「社会保障基礎調査」「高年者実態調査」、総理府「老親扶養に関する調査」)を見ると、子どもに支えられている老人は1957年は77%で、社会保障制度が整備されていない時代は、日本も韓国以上に家族で支え合っていました。
しかし、年金制度を開始した1961年以降、「子どもに主として経済的に依存する老人の割合の変化」は1968年56%、1974年25%、1985年9%、2010年1.9%と激減しており、社会保障制度が家族の絆を希薄にして来たことは否めません。⇒http://p.tl/ZzzT
また、フランスでは「高齢者の生活費のうち主な収入源」は「私的な年金」が34.2%となっており、国家に依存するのではなく、個人が自立して、人生を自由に謳歌する気風が見られます。
日本でも民間の個人年金保険等が拡充して来ており、公的年金以外に加入している割合が3割となり、60歳から65歳までの空白期間への備えも着実に広がっているようです。しかし、「高齢者の生活費のうち主な収入源」において「個人年金」1.2%は世界的に見て、余りにも低すぎることも認識する必要があります。
民主党は2009年衆院選マニフェストで「抜本的な年金改革」として掲げた「月7万円の最低保障年金の導入」について態度を保留しており、増税議論のみが先行しています。
実際、民主党がマニフェストで掲げた「月額7万円の最低保障年金」を導入した場合、財源を消費税で賄うと、税率10%への引き上げに加え、7%分の増税が必要になります。(1/26 時事通信「消費税、最大17%=『最低保障年金』導入で―民主試算」⇒http://p.tl/mQ3S)
消費増税の推進役である岡田副総理も「(年金制度の抜本改革のために)必要な財源は、今回の10%に入っていない。さらなる増税は当然必要になる」と認めるなど、社会保障の抜本改革はさておき、「まず増税ありき」が本音であることは明確です。
「税と社会保障の一体改革」は「社会保障」を大義名分とした「増税議論」に過ぎません。
社会保障の危機に際して、私たち国民は、国家に依存せず、自分の人生に責任を持つ人生計画を設計していくべきです。また、家族や地域、NPO、宗教団体による「共助」を充実していく必要があります。
「育児の社会化」や「介護の社会化」は、「家族解体」(=家族のいらない社会)を目論む共産主義思想です。民主党の「子ども手当」や「税と社会保障の一体改革」も、「国家が子どもを養い、老人を養う」(=国民を支配する)という国家社会主義思想の流れを汲んでいます。
自由主義国家における社会保障は、本人の備えと家族の助け合いを基本とすべきであり、私たち国民が今、そうした意識転換を行わなければ、政府と税金は無限に拡大していくことになるでしょう。(文責・小川俊介)
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