2017年05月28日

仏教的修行と地上における努力の関連

仏教的修行と地上における努力の関連

仏教に限らず宗教的修行の大切さの根拠は何かと考えてみますと、霊的世界が確実に存在するという前提があります。
人間の本質をどのように位置づけるかによって、修行や努力観も違ってくるでしょう。
地上における肉体がすべてと考える人生観は、他人のことを考えない自分の欲望を満たす生き方になるでしょう。
自分自身の欲望を満たすための努力を否定はしませんが、それが、他人を傷つけるところまで行きますと、仏教が否定している執着になると思えます。

仏教の修業論は、戒・定・慧という三学であると言われています。
戒律、戒めを守り、禅定しながら智慧を得る。
また、「上求菩提・下化衆生」といわれています。
自分自身に関しては常に努力(修行)し向上を目指しながら、自分がつかんだ悟り、あるいは智慧によって、まだ真理の道を歩んでいない人達に、目覚めていただくためのきっかけを与えていく、仏教的修行論は自他一体になっています。

仏教の世界観とは、諸行無常、諸法無我、涅槃寂静、であり三宝印と言われています。
諸行無常は、この世は変転変化し、恒常不変なもの、形状が変わらないものはありません。
変化こそ真理であり、過ぎ去っていくものに、変化するものに執着することで人は苦しみをつくるという教えであると理解しています。

諸行無我は、この地上に存在するものはすべて、依存関係にあります。
原因に依存し、条件に依存しています。
分子は原子に、原子は、原子核と電子にというように、存在は、他の存在を条件として成り立っています。
また、すべてのものは自性なるもの、自らなる性質がありません。つまり地上にある存在は、実体として存在するものはありません。定義できるような本質を有するものは、地上においてありません。
それゆえに地上にあるものは、原因や条件がなくなれば、夢幻のように消えていく存在です。
これも諸行無常と同じように執着することで苦しみをつくるという教えであると思います。

涅槃寂静は、心が平和な状態、自由な境地なのでしょう。


死後の世界を知る、あるいは信じる生き方と、唯物論者の考えるように、死んだらすべてが終わりだと考える生き方では、人生の意味や努力の意味が違ってきます。
人間の本質は魂であり、生きどおしの命であるからこそ、お釈迦さまは修業論の大切さを説かれたのだと思います。
死んで終りであれば、好き勝手に生きなければ損です。
唯物論的努力とは、他人を蹴落としても自分がのし上がっていくための努力につながるでしょう。

人間の本質は魂であり、肉体は霊の影、あるいは仮の宿です。だからこそ、諸行無常・諸法無我の教えが生きてくるのではないかと思えます。

死後の世界と現実の生活は密接な関係にあると思います。
死後の世界は、地上の法律とは違った価値基準があります。死してなお永遠の命があるからこそ、霊的な価値基準に照らしながら、現実の生活を考えて生きていかなければならないと考えます。

つまり、霊的世界の価値基準から見て、地上での生き方には合格、不合格があるということです。
合格点に達することができないときは、それなりの世界におもむくことになると思います。



ぜひポチッとクリックしてね!応援よろしくお願いします。
にほんブログ村 哲学・思想ブログ 幸福の科学へにほんブログ村 哲学・思想ブログ 幸福の科学へ
にほんブログ村 にほんブログ村 幸福の科学 ブログパーツ
posted by ガンちゃん at 11:10 | Comment(0) | 宗教・思想について | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年05月22日

表面意識に影響される潜在意識

表面意識に影響される潜在意識

表面意識と潜在意識について考察してみます。
潜在意識は3次元的物質世界を超えた4次元世界以降に存在する自分自身の潜在能力と言えるかもしれません。

「潜在意識は善悪の判断をしません」と書いたことがありますが、もう少し詳しく説明するならば、潜在意識の世界は、守護・指導霊の世界に通じていますから、一定以上の認識力を持つ守護霊であるならば、人間の魂の進化という観点から、善悪の価値判断はできるはずです。

天台智は、一念三千論を説きました。
一念三千論は、波長同通の法則と意味が重なっている部分もあると思いますが、「思う」あるいは考える内容と同じ世界に通じて、その霊的世界と相互関係が成立し影響し合うという法則であると言えるかもしれません。

ですから、地上で生活する私たちの心の針が、天上界ではなく地獄の方向に向いているとするならば、守護指導霊であっても、波長が合わなくなり、正しい方向に導くことができなくなります。

潜在意識は、表面意識から蒔かれた「考え」という種子を拡大していき、3次元世界に投影していく働きがあります。

自分自身の現在の幸・不幸は、過去の自分の考えが潜在意識の中で拡大され現実世界に顕現してきたと言えます。

波長同通の法則から、表面意識と潜在意識との関係を考えるならば、表面意識の方で愛や善を考えるのであれば、守護霊や指導霊の指導を受けることが可能であると言えますが、表面意識が悪に染まっているのであれば、潜在意識の世界に存在する守護・指導霊であっても導くことが不可能になってきます。
そのような意味で潜在意識は善と悪の判断をしないと言えるのではないでしょうか。

ですから、潜在意識は善悪の判断能力を持たないという意味ではなく、あくまでも表面意識の選択と判断の方向に左右されるということだと思います。

潜在意識の領域に存在する守護・指導霊はもちろん善悪の判断能力を有しています。
有していますが、地上で生きている当人が悪を選択したからといって、強制的に善の方向に軌道修正させたりはしません。

潜在意識の働きをまとめると以下のようになります。

表面意識と潜在意識が同じ方向を向いていることが大切であると思います。
表面意識の思いが、いろんな方向に向きだすと、潜在意識の働きを相殺してしまうと思います。

また、表面意識でイメージしている表象内容が、潜在意識に種子として蒔かれ芽が出るまでの一定期間、思いを持続していることが大切であると考えます。

潜在意識と表面意識の関係は、心のコントロールと関係してくると思いますので、ある意味、修行と重なる部分ではないかと思います。


ぜひポチッとクリックしてね!応援よろしくお願いします。
にほんブログ村 哲学・思想ブログ 幸福の科学へにほんブログ村 哲学・思想ブログ 幸福の科学へ
にほんブログ村 にほんブログ村 幸福の科学 ブログパーツ
posted by ガンちゃん at 01:38 | Comment(0) | HS/ガンちゃんの感想・考察 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする