一国の栄枯盛衰は歴史の理であると思いますが、過去の歴史の中で、はなして税金が高い国が長続きした例があるでしょうか。
富が国民から政府の手に大量に移動しますと、その国は必ず衰退します。社会主義、共産主義も理想とは全く逆に強欲になって、たちまち国民及び国の活力を奪っていきます。
19世紀半ば、世界中の石炭・鉄・綿製品の半分はイギリス製であり、世界中で生産された商品の三分の一もイギリス製でした。世界中の船の総トン数をたしてもイギリス船籍の数トン数にはかなわなかったようです。世界貿易の四分の一は、イギリスが主導権を握っていました。
当時最強のイギリスが衰退した理由は、税金が高すぎたためです。
マーガレット・サッチャー夫人が、労働党のキャラハン政権を破って首相になる1979年、当時の所得の最高税率が83%、不労所得の最高税率は98%でした。
マーガレット・サッチャー夫人の登場で20世紀の社会主義的な流れをストップさせることができました。
どんなに繁栄・発展した国であっても、税金を高くすることで驚くほどに国力が衰退していきます。
税金が高い国というのは、統制が進んでいる国家で、どんなに政治改革にエネルギーを注いでも、国民は幸福になることはできません。
なぜ社会主義的な思想が日本にこれほど蔓延したのでしょうか。
渡部昇一氏の著書には、当時のソ連経済の表面的な成功が、共産主義を浸透させたという内容が書かれています。
当時の資本主義国家はすべて不況でした。アメリカ、ヨーロッパ、日本は長く続く不況に喘いでいました。1929年10月、ニューヨークのウォール・ストリートの株式市場大暴落で、世界中を巻き込んだ大恐慌になります。
大恐慌がなぜ起こったのかその原因を、渡部昇一氏の著書を参考にしますと、「ホーリー・スムート関税法」の議会の提出が原因であると述べられています。
他の国から輸入される商品に高い関税をかけて他国の商品を締め出した形になりましたが、これはアメリカがブロック経済をやりますという信号を発信しているようなものなので、たちまち世界中が反応しました。
1932年、世界に四分の一の領土と植民地を持っていたイギリスが、経済会議を開き、帝国内の関税は引き下げ、あるいは撤廃し、外国に対しては関税を引き上げるという決定をしました。
アメリカ経済のブロック化に次いで、世界の四分の一を植民地としていたイギリスもブロック化してしまいました。
これによって、大恐慌が世界中に広がってしまいます。
アメリカ・イギリスといった経済大国がブロック化してしまいましたので、ドイツ・日本・イタリアなどは大いに困窮することになります。
ドイツなどは第一次世界大戦に敗れてヴェルサイユ条約(1919年)によって、すべての植民地を失い、全労働人口の三分の一が失業状態になり、復興の道を閉ざされています。
そんな中で、1930年の「ホーリー・スムート関税法」成立から4年後にヒットラー政権が樹立しています。
これに対してソ連は共産主義体制のもとにブロック経済の影響をうけることなく、10年間にわたる二度の計画経済で国民所得が4倍、鉄の生産量が4.4倍、工作機械は20倍と大変な数字の伸びのように見えました。
命令経済は開始直後の短期間には、効果が上がるようです。しかし、この重工業政策の陰で何百万人という農民が餓死していますので、政策は大失敗なのですが、それは隠されていましたから、表面上は共産主義経済の成功のように見えました。
日本も大恐慌の影響を受けていますので、マルクスの予言があったと思う人がでてきました。マルクスは確かに、資本主義は恐慌を生むといっていますが、日本からみれば資本主義国家が恐慌に喘いでいて、共産主義の表面上の発展が見えるだけですから、共産主義・社会主義のほうが正しいのだという、こうした見方がでてきてしまいます。
戦争が終了しても、左翼的な社会主義者が残ってしまいました。
統制経済には、配給だけがあり、「自由」がありません。自由を内在している経済は国民の富を生みだしていく力があります。共産主義国家ソ連・東欧の自壊の原因は、国民が富を作りだす可能性が無いからです。ここで大事なのは他壊ではなく自壊であるということです。直接、砲撃されたわけではなく、ロシアには西側の兵隊は一人も入っていません。また、モスクワは直接爆撃を受けたわけでもありません。自分自身で自壊したのです。
ここで注意しなければいけないのは、ソ連・東欧の崩壊を見ていながら、共産主義が正しく機能していなかったからだという人が必ず出てきます。
しかし、結果をみれば弁解の余地なしです。国民の富を再分配し強制するような国家は必ず衰退します。喜んでいるのは、権力の中枢にいる人たちだけだと思います。
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