2014年09月29日

信仰心を弱める力

信仰心を弱める力

信仰心の大切さは、幸福の科学のまじめな信者であれば、私が語る以上に理解し実践されています。
いろんなコメントを読ませていただいていますが、すべての前提にある一番大切なもの、それが目にみることができない尊い存在を信じる心、あるいは主を信じる心、信仰心です。

しかし、自分の知る範囲に限定されますが、幸福の科学の歴史の流れのなかで、いつしか初心をわすれ、自分も天使なのではないか、あるいは神だと勘違いし、自分だけが主のお役に立っていると勘違いし、同じ信者を裁き始める人もでてきました。

また、自分の現在の位置を守るために、表面的には信仰心ある姿をまわりの人に見せながら、自分の評価ばかり考えているのではないか思えるような人もいたと思います。
(もしかしたら、このように考える自分の心に裁きの気持ちがあるかもしれませんが・・・)

信仰心の大切さは、すべての会員が理解していることですが、その信仰心が本物になるためには、ある程度の困難や試練を耐えていく必要があると思えます。

信仰心が本物かどうかを知る一つの判断基準として、その人に現れてくる外見もあるかと考えます。
信仰心があると言いながら、外に現れてくる外見に穏やかさを見受けることができなければ、何か違ったものがあるかもしれません。

結局、信仰心を弱める心の状態とは、自己保身ではないかと思います。
自分一人の小さな利益を守るために、全体の利益を損なっても自分を守ろうとする人いますよね。

自分の権益を守るために、全体が危機に陥っても平気な人や、自分は努力していないのに、他の人から利益を得ようとする人、このような人は自己保身のなかを生きていると思えます。

「自分の 保身に こだわりて 他人を 害し 結局は 自己をも 滅ぼす 所業なり
獅子 身中の虫 己心 の魔 仏性の敵 そこにあり」
ということだと思います。

宗教性が深まり信仰心ある信者が増えることで、幸福の科学は更に発展していく教団です。

何かの本に書いてありましたが、幸福の科学は総裁先生一人の個人戦は強いが、教団としての団体戦は弱い。よって、総裁先生にもしものことがあれば、会員など雲散霧消するだろうと見ている人もいるようです。

外部の人からみると、幸福の科学は総裁一人の力で成り立っていると見られているということです。
信仰心とは、主に頼ることではないのですが、あまりにも主に負担がかかり過ぎて、本来の霊的仕事に影響がでないようにしなければいけないのですが、もう一段、弟子のこの世的な仕事能力と、宗教的な悟りのレベルを上げなければいけないのかも知れません。
自分で考えて行動できる人が必要とされる人材だと思います。少なくともそのように真理に基づいて自分の主体的な判断で行動し、結果に対しては責任をとれる自分になるよう努力したいと考えます。



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posted by ガンちゃん at 10:12 | Comment(2) | HS/ガンちゃんの感想・考察 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年09月27日

主と共に歩むことと主と同じになりたいでは意味がちがう

主と共に歩むことと主と同じになりたいでは意味がちがう


信者であれば、主の背中を見て学ぼうとするのが信者としての正当なあり方であると思います。
総裁先生が古今東西の霊言を出されているその理由は、地上の人々に霊的世界があるという証明のためだといわれています。
これだけ個性豊かな考え方を公表することで、人間は死してなお思考する存在であり、その悟りの段階に応じた霊的世界に住み分けされていることを証明されていると思います。
天上界に帰った人、地獄に落ちた人、影響力が大きく地獄に落ちて悪魔になる人等、霊言を通してどのような人生を生きると、どのような世界に帰ることになるのか、地上で生きている私達の指針になります。

一人の人間の頭脳ではたして、これほど個性豊かな違いを創作できるかどうか、世間に挑戦しているといいますか、日本及び世界に対して訴えかけています。

一般の人達に対して、これほど個性豊かな人達を一人の人間の頭脳で考えて書くことができるでしょうか?できるわけありませんよね、ですから、この霊言は本物であり、人間の本質は魂あるいは精神で、人間は死してなお永遠に生き続ける霊的存在ですよということを証明しようとされていると考えられます。

また、高度な霊言内容であるため、それが高級霊や天使達からの通信であるという証明になるわけです。
しかし、3次元においては完全に証明ができるわけありませんから、最終的に信じるかどうかは各個人の自由意思の問題として残されているわけです。

その観点から、癒○ブログを考察してみますと、その目的と意図がつかめません。
主のように古今東西の霊言を出して、人々に霊的世界の存在証明をしようと考えているのでしょうか。
私達が見習うべきことは、主の努力精進する姿や慈悲の心であって、本当かどうかわからない霊言をして、主と同じになることではないはずです。
癒○さんの霊言を読んで支持した人達が誰であるかを振り返ってみれば、その霊言が正しいのか間違えなのかわかると思うのですが。

悪魔は自分達のことを神だと主張します。また、悪魔は聖書の言葉や真理の言葉を自分の都合のよいようにねじまげて、人々を混乱におとしいれようとしていると思います。

仮に癒○ブログが霊言を霊的世界の証明であると考えているのであれば、幸福の科学ブログ村でいくら頑張っても無意味です。
なぜなら、幸福の科学ブログ村はほとんど信者であり、霊的世界をすでに確信している人ばかりですから、そこで霊言しても誤解が生じるばかりだと思えます。

総裁先生は当初、霊言をだすにあったて慎重に開始されました。
霊現象に関しては、この慎重さというのがとても大切であるといわれています。
性急に霊的修行の進歩を求めて、神秘学徒としての自覚を忘れ、高貴さや人間としての善良な心、あるいは、物質的な現実感覚の一片でも神秘修行の過程で失うと、人間として廃人になる可能性があるかもしれません。
反対に自分の道徳的な力、内的な誠実さ等を高めていくことが大事であると考えます。
基本的修行の過程において、隣人や動物に対しての同情心、自然に対する感受性等を高めていく努力が大切で、この意識的努力を怠ると、同情心も感受性も修行の過程で失われていくといわれています。

心情はかたくなになり、現実感覚が鈍くなる。そしてそれは危険な結果を招くことになると思います。




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posted by ガンちゃん at 11:09 | Comment(14) | HS/ガンちゃんの感想・考察 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする