2014年03月30日

霊界にいた時の記憶

霊界にいた時の記憶

人間は霊的存在と言いつつも、肉体に宿ると霊界で生活していた記憶がすべて忘れ去られてしまいます。人間の記憶を内的記憶と外的記憶にわけ、外的記憶というのはこの地上における体験、内的記憶は霊界の記憶として、分類することが可能であると思います。この内的な記憶の中に過去の転生で経験した外的記憶がすべて、保存されています。想念帯といわれる領域に過去になしてきた、罪や美徳などがすべて記憶として残されていると教わっています。
肉体に宿ることで転生の記憶がすべて消滅したように思いだすことができないのは、今回の魂修行における学びの妨げになるからであるとも教わっています。
しかし、人間としての個性の違いがあるということは、魂の傾向性に違いがあるということで、その違いは、転生の過程で積み上げきた経験の違いであると考えることができると思います。

霊的実体験をしたすべての正しい宗教家、あるいは哲学者、神秘主義者が言われているように、霊魂がまとう肉体は、これは衣服と同じです。肉体は霊魂を覆い隠しますが、霊魂はいずれ肉体という衣服を脱ぎすてて実在世界である霊天上界に帰ることになります。
霊的実体とは普遍的なものです。その進展に始めと終りがあり時期が来ると停止する、あるいは死を迎える物質世界とは違います。

しかし、真実の宗教家以外でも自分の前世の記憶を思い出す人もいます。また霊的体験、光の体験をした人もいますが、一般的にそのような体験は個人的な場合が多いので、人に話さないことが多いのかもしれません。また、信用できる一部の友人には話すに留めていることが多いのではないのでしょうか。

また、肉体に宿ると『常楽我淨』という肉体我からくる『四顚倒』、四つ価値観がひっくり返った考え方に、はまっていきます。
常は肉体や物質的なものが常態であるという見方です。この世は無常でありますが、肉体こそが自分であるという常見です。
楽は、快楽の楽で地上における肉体を喜ばすことで、欲望が肥大化して精神性が低くなる状態であると思います。
我は、我見で自分がすべて自己中心的な自我であることです。
淨は、肉体などが清潔に見えるという錯覚です。
自分の価値観が肉体中心になってきますと常楽我淨の世界に入っていき四顚倒という間違った考え方にとらわれていきます。
肉体が中心になってきますと相対的に精神性が薄れていき、霊的な自分が失われた状態になり、霊界における記憶が更に閉じ込められてしまうのでしょう。

仏教の教えには、「苦・集・滅・道」という四諦八正道という教えがあります。
苦しみには必ず原因があり、その原因が何なのか反省しながら、その苦しみの原因を取り除こう、苦しみの原因が何なのか真理知識に照らし合わせて、あるいは智慧を使って解決していこうと思うことですと教わっています。
前世の記憶を明確に思いだすことはなかなかできませんが、幸福の科学の教えにふれて集われた人達は、霊的な世界に住んでいた時の真実なる自分の姿を、思いだしているのでしょう。

それは霊界にいた時の記憶が間接的によみがえっているのではないでしょうか。地上に生まれた時点で霊的体験は一般的にはありませんので、本を読んだりして霊的世界にひかれていくということは、前世の記憶が一部によみがえったのであると考えられます。
ですから、唯脳論がいうように人間の考えや思いは、すべて脳が管理しているわけではなく、霊界にいた時の自分の記憶が真理にふれて共鳴したと認識できます。


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posted by ガンちゃん at 16:27 | Comment(0) | HS/ガンちゃんの感想・考察 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年03月27日

コメントを下さる元信者さんへ 

コメントを下さる元信者さんへ 

以前もコメントを下さった元信者さんに、自分が思うことを返答します。どのような理由により幸福の科学を脱会されたかは変わりませんが、コメントの内容から自分の思うところをお答えできればと思います。
本来なら元信者さんが、ブログをたちあげて下されば、より理解しやすいのですが。

脱会後に世界中のスピリチュアルマスター達の本の読みまくり、とありますが、これでは脱会理由が私にはわかりません。また読みまくったと言いますが、一体何冊ぐらい読んであなたの心から、恐怖心、罪悪感、不安がなくなったのでしょうか。またどのような言葉で救われたのでしょうか?
.
ア、コース、イン ミラクル (奇跡のコース)やエック・ハルトのニューアースなど 是非よんでみたら?と書かれていましたので、この本によって救われたのでしょうか。正直に言いますと、私は読んだことがありません。しかし、私は宗教以外にも、哲学、思想、物理、歴史、文学、など自分なりにいろんな方面の勉強をしているつもりですが、他のものを学べば学ぶほど、幸福の科学の教えの素晴らしさが理解できると思えます。

「幸福の科学の本部講師でさえ、アンソニーロビンスをしらなかったよ。」と驚かれていましたが、あなたの中にある価値観からすれば、そうかもしれませんが、その本部講師はおそらく、あなたの知らない知識をたくさん持っておられることと思います。

私的に気になったところは、今の時代は、瞑想でも、まったくの素人が『空』を体験できると書かれています。今は瞑想のおいても20代前後の何もしらない女子大生が瞑想教室で簡単に『空』に入れてしまう。と書かれていますが、幸福の科学以外でも沈黙や瞑想の大切さを説く宗教家や哲学者は、歴史上何人かいましたが、私が理解している瞑想とあなたが言うインスタントラーメンのような瞑想とでは、内容が違うと思います。
本当に心の奥深いところに立ち入った瞑想と気分によっているだけの瞑想?では全然違うものであると考えます。
たしかにあなたが言うように、私自身も知識だけで体験できているとは言えませんが(笑)

「霊階層=分離感 信者同士=分裂している 知的であることは卒業する時代、これからはハートの時代だよ」と書かれていましたが、霊階層と分離感はイコールではありません。
それは平等と公平の問題です。
すべての人は同じように心の法則のもとに生きているという点で平等です。また、同じ法則のもとで努力した人と、しない人で差がつくという点で公平です。
また、知的であることは一生かかっても卒業できないと思いますが。



「他のスピリチュアルの本は信者はほとんど読まない。なぜなら・・・本能的に総裁の本より素晴らしい本があることが怖いんだよなぁ〜笑」と書かれていますが、それは元信者さんの思いすごしです。

私は幸福の科学以外にも素晴らしいスピリチュアルの本があることは認めますが、だからといってそれが、元信者さんが言うように幸福の科学を否定する根拠になるわけではありません。



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posted by ガンちゃん at 20:17 | Comment(3) | HS/ガンちゃんの感想・考察 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする