2013年12月17日

ギリシャにみる理想国家と政治家

ギリシャにみる理想国家と政治家

ギリシャのプラトンは、青年の頃から政治家を志し、公共の為に働きたいと考えていたようですが、いろんな苦い経験を積んだ後、40歳ころになって政治をよくする鍵は『哲学』以外にないと確信しました。
国事や個人生活においても、正しいありようというものは、哲学からでなくして見定めるものではないと、正しい意味において哲学をたたえながら、言明しています。
人間がいろんな禍から逃れる為の政治家の条件として、正しい意味において真に哲学しているような人物が政治的支配の地位につくか、現に国において政治的権力を持っている人物が、真に哲学するような人物になるかのいずれかが実現しないかぎり、人間のいろんな部類の種族が禍からの逃れることはできないという意味のことを述べています。

プラトンは正義と善についての問題を解くために、哲学の重要性を語りつつ、政治と哲学が一体にならなければ、国民の幸福は実現しないであろう、人々が真に幸せになるためには哲学が必要不可欠であるという結論に到達したのだと思います。

人々が善を知らないうちは、正義や美について十分に知るようにはならないとして、人間が知るべき最大のものとは何かと言いますと、「善のイデア(実相)こそ、学び知るべき最大のもの」であるとしています。
これは、地上に限定された価値基準や人間の考えた法律より、優先するものがあるということです。それは、神の掟、あるいは仏の法ということになるのでしょう。
霊的世界における価値基準をこの地上においても実現するという理念かもしれません。

理想の国家、正義が実現された政治の反対として、悪政について考えてみます。正義と反対の政治を知ることで、正しさがわかる場合もあると思います。
4つに分類して考えてみます。
1つは、智慧の支配が覆されて哲学のかわりに職業軍人が優位にたつ国家です。そこでは勝つことや名誉を得ることが、人々の行動原理になっています。そして不徳の軍人は金銭を愛し、ひそかな快楽を求めるという傾向があります。そこから第2の国政に移行していきます。それは富が唯一の価値基準となり行動原理になります。形式的には寡頭制で実質的に金権政治が行われる国家です。
富者支配の国においては、貧富の差が激しく、一つの国家というよりは相対立する分裂した2つの国になってしまい、貧困の極、人々は乞食になるか犯罪人になるか、どちらかに追いつめられてしまいます。
第3の民主制は、この冨者の支配を覆し、貧者が発言権を持つ改革の産物で「自由と平等」がその基本原理となります。そこでは各人が好き勝手な生き方をし、価値の差別をせず、建前上なんでも平等にあつかいますので行動が気まぐれで無原則になり秩序がありません。
人々の不必要として抑圧されていた欲望が解放されて、平等な取りあつかいをうけ、あらゆる非行と不道徳が自由の名のもとに保護されてしまいます。
その結果として第4に、下等で変質的な人間による一つの独裁政権を樹立するというような最悪者の支配が実現してしまいます。
国民を代表とする民主派として出発しながら政権獲得のあとでは、すべての同士を粛清し、すべての優れた存在を抹殺すつという暴挙に出ます。その支配は最優秀者支配制というプラトンの描いた理想国家と対極を意味します。
プラトンはこれら4つの国家体制において、彼自身が生きていた時代の政治の現実を体験しています。
スパルタの武断政治、彼が青年時代に経験したペロポンネソス戦争における民主派と寡頭派の争い、内乱と革命、独裁政権の樹立はいずれも、一連のつながりがあり容易に相互に転換しうる全体的な事実であります。国家プラトン 中央公論社 参照

プラトンの考えは、正義とは外部のことではなくて、内部からのことでなければなりませんでした。
内部の国政と外部の国政が一致することが、私達の幸せにつながると考えていたようです。
正義と不正の対決とは、哲学と知性が支配する国と無知と欲望の支配する国の対立ということになるのかと思います。

そしてプラトンのすごいところは、「最終的に霊的な存在である人間」という視点をはずさないというところだと考えます。
プラトンは「およそ幼少から老年にいたるまでの時間の全体なんて、全永劫の時間から比べるならば、ほんのわずかなものにすぎない。いやしくも<不死なるもの>がそんな短い時間の為に真剣に関心を持つべきものだと思うかね?全永劫の時間のためにこそ、その関心は向けられるべきものではないか」
と語られています。
人間の存在はこの地上における生がすべてではないということをいわれています。

『国家』には洞窟の比喩やエルの物語が書かれていますが、霊的観点を忘れた国家論は真実の国家とよべるものではないと思えますし、仏国土ユートピアからはほど遠いと言えると思います。

現代において宗教法人 幸福の科学、宗教政党 幸福実現党こそが現在および未来を照らす光であると確信します。


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posted by ガンちゃん at 14:55 | Comment(0) | 政治・経済 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年12月15日

死とは何かを知ることの大切さ

死とは何かを知ることの大切さ

死について考えてみます。
フランシス・ベーコンは次のように述べています。
「子供が暗闇に行くことを恐れるように、人は死を恐れる」。黄金の法によりますと、英国経験論哲学の創始者フランシス・ベーコンは一般的には知られていませんが、霊能者であったと書かれています。
ベーコンは、「随筆集」や「ニュー・アトランティス」岩波文庫の著書で知られている哲学者です。
もちろんベーコン自身が死を恐れていたわけではありませんが、現代に蔓延している唯物論者、唯物論的科学者や唯物論的哲学者など、この世的には知的にうつる人達が、五感で確認できないこと、科学の条件である追試(同じ条件で実験したら、必ず同じ結果になる)ができなければ、否定的な立場にたつ態度が地上に誤った価値観を蔓延させてしまいました。

しかし哲学者のプラトンはこのように述べています。
「哲学とは、死に対する準備である」と。どのような意味なのでしょうか。
それは、人間としての正しい生き方、生まれてくる目的と使命を知るということでしょうか。

近年では、スピリチュアリズム(神霊主義)が心霊研究、霊魂についての存在証明や霊界の実態について科学的な研究をしています。

この現代に蔓延している唯物論的価値観を打ち破るために、天上界からいろんな働きかけがあるのと同時に、地下に生息する者たちの惑わしもあるということです。
霊言にしても、声が聞こえたことをもって、何のフィルターも通さずに天上界からの通信と信じこんでしまうことは危険があると思います。それは私が言わずしても、他の人も同じことを述べている人がいますし、総裁先生のご著書にも霊的に通信を送ってくる存在の正体を見抜く為には、自惚れや慢心の心があれば、まず見抜くことはできないと教わっています。相当深い認識がなければ霊存在がどのような目的や意図で、霊言を下ろしてくるのか見抜けないとも教わっていると思います。

また、あるスピリチュアルな本には、その霊言の真実性を見抜くのは、「理性」と書かれています。最終的にその霊言が正しいかどうかの最終判断は理性による判定であるということです。良心に照らしてみて、人道的にみて納得できるかどうか、これが決め手になると書かれています。

マイヤース(霊界通信)は死について、以下のように述べています。
「死の秘密は、ひっきょう自己のまとう外皮の振動する速度の中に見出される。地上の人間は何によって自己の環境を知り得るか。それは彼の肉体が、ある特殊な速度で振動しているからです。試みに汝の肉体の振動速度を変えてみるがよい。その瞬間に大地も、男も女も、その他一切の物体も、全部汝の視界から消失し、同時に汝自身も彼等の視界から消失する。しかるが故に死とは、単に振動速度の変化である。」と述べられています。
肉体や物質も固有の振動数をもっているといわれています。
物質に触れて実体があると感じてしまうのは、物質と肉体の振動数が、だいたい同じであるからかもしれません。
例えば、テレビやラジオの周波数を変えると、音も映像も消えてしまいます。私達が肉体から違った波長の霊体に、生命の本拠を移す(肉体から霊的生命に移行する)と、その周波数(振動数)が変化して、物質世界は消失します。
それとともに物質世界の人の目からも私達の姿が消失します。これが死とよばれるものです。
死とは、肉体と霊体を結ぶシルバーコートの切断、魂が肉体から霊界に移動したことによる振動数の変化と定義できるかもしれません。

死の意味を知ることで、人生観が180度転換することでしょう。死してなお永遠の生命があり、霊的世界で一定期間、生活した後、また環境を変えて地上に生まれ変わってこられるということは素晴らしいことであると思います。
私自身も、宗教を学ぶ上で一番うれしかったことは、転生輪廻の思想で死んでも再び新しい環境で、人生を生きることができるということを知った時でした。

死の真実の意味を知るということは、今世での地上生活が実りあるものになると思います。
しかし、霊的世界を真実のこととして信じることができたとしても、地上での生き方によって、天上界に帰れるのか地獄に落ちるのか決まってしまうので、原因結果の法則(因果律)、縁起の理法を理解しつつ、幸福の科学の真理価値を素直に受け入れ、自分を変えていく努力が大切であると考えます。



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posted by ガンちゃん at 18:58 | Comment(0) | HS/ガンちゃんの感想・考察 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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