2013年08月31日

老・病について 介護編

老・病について 介護編

以前に引き続き、休みを利用した副業、病院内におけるヘルパーの仕事を通して、体験したことを書いてみます。

病院の介護病棟は、ほとんどの方が、自分の力で寝返りすらできない老人の方ばかりです。足が硬直して動かない人、糖尿病で片足がない方、心臓高血圧の方や、腎臓や膵臓が悪い方など様々な人がいますが、仏陀が初期の頃に説かれた四苦の苦しみである、老と病は、まさに人間の肉体に付随する苦しみであると思えます。自分が健康でいられるということが、いかに幸せであるかということを実感し感謝します。

午前中までに決められた仕事をし、昼食前には各病室をまわり患者さんに対して、水分補給をし、いろんな準備をします。
未だになかなかオムツ交換やシーツ交換、寝巻交換など、なかなかスムーズにいかず、時間ばかりかかってしまいますが、看護師長(その病棟の責任者)に言われたように自分がしてほしいように患者さんにもするように心掛けてはいます。コミュニケーションはとれているとは思いますが、ある時、話すことすら容易ではない患者さんが、聞き取れない小さな声で話しかけてくるので、耳を傾け、何とか聞き取ろうとしました。患者さんは声にはならないような本当に小さな声で「がんばって・・がんばって・・」と言ってくれました。
これを聞いた私の心の中にロッキーのテーマ音楽が流れているような感じを受けました。
みなさんはロッキー2の映画を観たことがあるでしょうか。
前作で宿敵アポロに敗れたロッキーが再度、チャンピオン、アポロに挑戦する物語です。

以下に内容を書きます。
アポロから「再戦を受け入れろ」と挑発されながらも、再試合はしないと決めていたロッキーはボクシングの世界から身を引き、恋人のエイドリアンと結婚し新居を構える。そしてエイドリアンの妊娠も判明、新生活のためにCM撮影に臨むが、生来不器用なロッキーはセリフもまともに読むことが出来ず、失敗。当てにしていたギャラが入らず、ポーリーの紹介で精肉工場に働くが、やがて不況による人減らしのために解雇されてしまう。自分にはボクシングしかないと気づくロッキーだが、夫の体を気遣い2度とリングに上がらせたくないエイドリアンは、身重の体でありながら生活のために元いたペットショップにパートタイマーとして働きに出る。また前回の試合で負傷したロッキーの眼を心配する老トレーナーのミッキーも現役復帰には断固反対する。ロッキーは仕方なくあきらめ、リングに上がらせてもらう替わりにジムで働かせてもらうことになる。
そんな中『前回の試合はドローだ』『負けたのはチャンピオンだ』との世間の声に、無敵の王者のプライドを回復しようと執念を燃やすアポロは、ロッキーとの再戦をバッシングも同然の猛アピールで画策する。この行為に憤慨したミッキーと共に、ロッキーは再挑戦を決意する。再戦に向けてのトレーニングを開始するが、エイドリアンに反対されている所為か練習に身が入らない。それを知ったポーリーは「お前が応援しないせいでロッキーがいじけている!」とエイドリアンに文句を言うが、エイドリアンはショックを受けて倒れてしまい入院してしまう。一方、ロッキーはミッキーに愛想を尽かされ追い出されてしまうところを、トレーニング仲間から知らせを聞き、エイドリアンの様子を見に病院へ向かう。
エイドリアンが過労と心労のうえ、余病を併発したままで出産。昏睡状態に陥る。必死の看病のおかげか、エイドリアンは覚醒したのだが、これ以上の負担をかけたくないロッキーは「ボクシングをやめてもいい」と言い放つ。そんなロッキーにエイドリアンは「勝って!」と告げる。その言葉に奮起したロッキーは猛トレーニングを再開。

この愛する女性の「勝って!」という一言に俄然やる気を起こすロッキーですが、この時に流れていた音楽が自分の心の中に再生されました。
身体的には非常に疲れていましたが、「がんばって」の一言で、50人でも100人でも診てやるわ―という気分でした。

人間は優しい言葉に触れると、どころからともなく力がみなぎってくるものです。

話しは変わりますが、現在「同性婚の問題」で他のブロガーがいろいろ書いていますが、いろんな観点があり、一概には言えない部分があると思いますが、異性同士が惹かれあい、励ましあう関係が、素晴らしく美しい関係であると自分は思います。
これに関しては、もし書けたら別に記事に書こうと思っています。

男性は男性としての長所を持ち、女性は女性としての美しさや優しさを長所として持ち、短所を補う関係が理想であると思います。
ここに、金銭的な問題や経済的な問題がからんで、利害関係になると男女間で争いが生じると思いますが、基本的にたすけあう関係が築ければ素晴らしいと思います。



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2013年08月28日

潜在意識を隠せない表面意識

潜在意識を隠せない表面意識

表面意識とは通常10〜20%前後、顕在化していると言われています。私達の目が覚めているときに考えたり、思ったりする思考内容で、いろんな方向に思いが拡散していき、あまり目的意識が明確ではない日常性に根ざした意識であると思えます。
潜在意識は本人が明確に自覚していない意識ではありますが、一定の流れる方向性があり、表面意識ほどには、小回りがきかない意識であると思います。
潜在意識を無意識と表現する人もいますが、個人の心の領域で起こっているにもかかわらず、意識されない過程を言います。
無意識的な心的過程の存在は、中世の哲学者、プロティノス、キリスト教父アウグスティヌス、トマス・アキナス、神秘学者達は、認めていたようです。

ユングは人類に集団的無意識において、すべての人たちに共通な原型的イメージがあることを発見しました。

当会の説明ですと、潜在意識とは心の傾向性であり、人生の幸福も不幸も心の傾向性に密接に関係があると言われています。

潜在意識は、我々の関心があること、思い続けていることに関してそれを拡大し、実現していきます。潜在意識は、この点で創造性があり、表面意識から蒔かれた種を膨らませて何倍にもしていきます。
また、潜在意識は感情に結びついて恐怖心や心配事を持つと、それが現実世界に投影され、自分自身にその心配事を引きつけてしまいます。

表面意識だけを取り繕うとする外側の人生は、永遠性から最も遠いものであり、それに縛られ執着する人生を生きることは、魂を死に追いやることに等しい行為であると思います。変転変化や諸行無常こそが、外側の人生の本質であるからです。

自己主張の強い人が、愛国心が大事であるとか、その他正論を述べたとしても、最終的なその文章は、自画自賛であり、自慢話にしか感じとれない場合があります。
結局、潜在意識が向いている方向に表面意識もある程度、引っ張られてしまうのではないかと思いますが、表面意識で真理を語るのであれば、潜在意識も真理の方向を向いていなければなりません。



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