2012年11月30日

原発推進イコール防衛力 アインシュタインの警告より

原発推進イコール防衛力 アインシュタインの警告より

民主党政権及び左翼マスコミによって反原発が日本人全体の総意であるかのような雰囲気が日本に蔓延しています。
政府は「2030年代に原発の稼働をゼロにする」という目標を決めました。
周辺には、中国や北朝鮮という核を保有している国が現実にあり、日本は核による脅威にさらされています。もし、日本が中国の属国になれば、すべての政策が無意味になります。

私は、第一に重要と考えるのは安定したエネルギーの確保であると思います。
エネルギーがなければ、経済界、産業界はお手上げです。また、原子力を推進していくことが同時に、防衛力として、中国、北朝鮮に対しての一定の抑止力にもなります。
原発を廃止した場合、どのような方法で安定したエネルギーの供給をしていくのでしょうか。現実問題として、日本のエネルギー自給率は4%といわれています。
以前にも書きましたが日本が太平洋戦争に突入した根本的理由は、石油(エネルギー)の輸入を止められたからです。
総裁先生及び、他の識者がいわれているように、風力発電や太陽光では、原子力の代わりにはなりません。代替えになるエネルギーの見通しもないのに、原発の稼働をゼロにするといっている民主党は国賊であると自分は思います。

そもそもエネルギーとはどのような意味なのでしょうか。
「ある物理的状態にある物体がほかに対して、仕事をなしうる能力」といわれています。
つまりエネルギーがなければ、物体は動かないということです。
家電製品や自動車、その他すべてが動かないということは、21世紀の科学文明からいきなり原始時代にもどることを意味しています。
ルソーの「自然に帰れ」という古代帰りの思想が、よみがえってきているのかもしれませんが、農耕時代に帰りたい人が、一定の割合でいるのでしょうか。
発展繁栄を否定する人達で、下山の思想を深層心理で持っている人たちが原発稼働を反対しているのでしょう。

また、個人的な考えですが、原子の内部構造には現代科学がまだ発見していない未知のエネルギー発生のメカニズムが隠されていると思えます。
原子も原子核(陽子・中性子)の周りを電子が自転しながら公転しています。太陽系も太陽を中心として他の惑星が自転しながら公転しています。
ミクロの世界からマクロの世界まで、相似の関係が成り立っていると思えますが、同じ原理で運動しているとすれば、根底で同一のエネルギー供給がされている、外部からエネルギーを加えずに渦動している物体は、素粒子から宇宙まで高次元から流れる、同一種類のエネルギー供給によって渦動していると思います。

原子力の開発は安定したエネルギー供給を確保するという意味で、日本の運命を握っていると言ってもよいでしょう。
また、原子力開発は軍事技術にもつながるので、中国や北朝鮮に対しての抑止力にもなります。
軍事技術は大事な問題で、あまりにも軍事技術に差がつくと、中国の属国にされてしまう危険性があります。


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posted by ガンちゃん at 02:20 | Comment(2) | 政治・経済 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年11月25日

仏教的認識論・十八界の思想と無常観

仏教的認識論・十八界の思想と無常観

人間が地上で肉体に宿って生活するとき、その生活の出発点は肉体の感覚器官から発生します。
第一に眼です。眼から入ってくる情報は対象を認識するにあたって、かなりの割合を占めると思います。しかし、眼から入ってくるその情報が正確なものかどうか定かではありません。対象を認識するにあたって、眼の機能に依存した見方になると考えられます。同じ対象を観察したとしても見え方はそれぞれ違った見方をしていると思います。その結果、やはり知覚内容が人それぞれ違うのではないかと思います。仮に視覚的に同じような見え方をしたとしても視覚による知覚内容が違うということは同じものを見ているとは言えないと考えます。

次に、耳です。人間の耳はある一定の周波数の幅を、音として確認することができますが、人間が聞き取ることができない周波数の音を聞いている動物もいると思います。音もやはり耳の機能に依存した一定の範囲内でしか聞き取ることができません。

次に鼻ですが、これも同じ人間であっても男性と女性では臭いの感じ方が違うようです。ある種の臭いに対して男性は何も感じることがない場合もありますが、女性には我慢できないということがありますので、鼻に関しても臭いに対する感じ方はいろいろです。

次に舌です。これも舌そのものの機能は人によって、そんなに変わらないと思いますが、辛い食べ物が好きな方もいれば、甘いものが好きな人、嫌いな人、人それぞれです。甘さだけをとっても甘すぎると感じる人がいる一方で、そうでもないと感じる人がいますので、舌の感じ方、感覚も人それぞれです。

次に身です。神経を通して皮膚はいろいろな感覚を持っています。これも皮膚の感覚機能自体は人間であればそれほど大差はないと思いますが、暑がりの人、寒がりの人、肌が敏感な人とそうでない人がいるのでもわかるように、皮膚の感覚も個人によって受け止め方が違うと思います。

最後に意です。この意に関しては宗教の中で語られているような奥深いものでなく、五感から集められた情報を判断している頭脳に当たる働きと考えていいと思います。
以上が「眼・耳・鼻・舌・身・意」に関しての説明です。
六つの感覚器官を六根と言います。

次に六境(六つの対象)とは、先ほどの感覚器官に対応するもの、その感覚の対象となるものです。
眼に対応するものは「色」です。眼を通して色彩などを感じ取ります。
次に「声」です。音や音楽を聞くことで、それに対して快・不快を感じることがあります。
「香」は香りを感じ取ります。
つぎに「味」です。舌で感じとるものは味わいです。
身体で感じとるものは「触」です。いろんな感触を感じ取ります。
次に「意」です。意の部分でと感じるものは、法です。法は、概念や観念といった抽象的な言葉で語られるものです。

このように「眼・耳・鼻・舌・身・意」という感覚器官の対象を「色・声・香・味・触・法」と言います。これを認識の対象領域という意味で六境という。

また、六識(六つの認識)とは、肉体に基づく感覚器官とその対象の間の関係をどのように認識するかということです。
「眼識」は対象を眼で確認して、それが何であるかを判断します。
「耳識」は耳に入ってくる音や音楽を聞きながら、クラシック音楽は素晴らしくて好きだなと感じる、あるいは雑音がうるさいとか感じとります。
これ以外に「鼻識」「舌識」「身識」また心のほうで「意識」が出てきます。

「眼・耳・鼻・舌・身・意」の六つの感覚器官(六根)が「色・声・香・味・触・法」という六つの対象(六境)を感じ取り「眼識・耳識・鼻識・舌識・身識・意識」という六つの認識(六識)を生じます。
この18個をあわせて十八界と言います。
感覚器官とその対象の間での関係をどう判断するかという認識が生じます。人間の認識といっても突き詰めて考えると十八界によって世界認識をしていると仏教では教えています。


仏教的世界観には無常観があります。
無常とは、諸現象がつねに変化してやまないこと、生滅を繰り返すことです。時間的持続性がないこと<刹那滅>。を言います。
このようにつねに、変転変化しながら生滅を繰り返す存在に、永遠不滅の本体、固定的実体(我・アートマン)はありません。無我(アナートマン)といわなければなりません。
ここでいう無我とは、自分がという自我の思いを否定する教えという意味ではなく、変化しない持続的、固定的、自からなる性質を有するものは無いという意味の無我です。

ただ、縁によって現象するのみです。あるいは相関的・相対的存在にすぎません。
かくて無常・無我<諸行・諸法>とは縁によって生起したものです。大乗仏典 中村元著 参照

肉体に基づく感覚器官の性質・機能に依存した自己認識、世界認識は真実の世界観を教えてくれません。感覚的なものは無常であって、滅びを内包していますので、それに執着をすると苦しみの原因になると仏教は教えています。



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posted by ガンちゃん at 10:57 | Comment(0) | 宗教・思想について | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする