2012年08月19日

[HRPニュースファイル369]弱腰の「強制送還」が招く、次なる尖閣侵攻シナリオ

[HRPニュースファイル369]弱腰の「強制送還」が招く、次なる尖閣侵攻シナリオ

民主党政権は17日、尖閣諸島に不法上陸して入管法違反の疑いで逮捕した14人を強制送還しました。

その際、上陸した抗議船の船長は、送還のために移送される際、「香港に帰る船は安全だ。また尖閣に来る」と叫び、Vサインを出して挑発しました。(8/18 八重山毎日)

日本の主権を確信犯的に侵害した活動家らを、自民党政権時代の2004年に中国人活動家が魚釣島に上陸した時と全く同じく、民主党政権は、主権侵害行為を事実上、不問にし、強制送還しました。

平時ならいざ知らず、中国が尖閣への領有を主張し、「核心的利益」と再三にわたって宣言している最中での、こうした「事なかれ主義」と「弱腰外交」が一体いかなる結果を今後招くか――。

その兆候を冒頭の船長の態度が示しているといえるでしょう。

幸福実現党は同日、今回の強制送還に関して、「さらなる重大な主権侵害」、すなわち「中国による尖閣諸島への武力行使による実行支配」を招くことになるとして、外務省と法務省に緊急の抗議の街宣を行いました。⇒http://www.hr-party.jp/new/2012/27858.html

また、幸福実現党は連日、全国の候補者を筆頭に、街宣活動を通じて民主党政権の弱腰外交糾弾と国防強化を訴えております。

今後、尖閣諸島をめぐって中国がいかなる行動を取ってくるのか――ひとつの可能性として、これから起こりうる事態を想定してみましょう。

中国が尖閣諸島を自国の領土であると宣言している以上、どこかの段階で実効支配に向けた行動を取ってくることは必至です。

その行動を予測し、それを未然に防ぐためにいかなる努力ができるのかに、今後の国土防衛の成否がかかっています。

まず第一に言えるのは、今回の政府の弱腰対応によって、中国政府と活動家に対して「尖閣に上陸しても、日本の海上保安庁や警察に危害を加えなければ、一切処罰されず、強制送還されるだけ」という「日本の対応方針」を明確に伝えた、ということです。

これによって、今後、不法上陸によって簡単に「祖国の英雄」になれることを知った中国の反日活動家達が、先を争うように、尖閣への不法上陸を繰り返してくることは火を見るより明らかです。

実際、香港の団体「保釣行動委員会」幹部は、10月に再び抗議船で尖閣を目指すと述べています。(8/18 時事「10月に再び尖閣目指す=香港の『保釣』団体」⇒http://www.jiji.com/jc/c?g=soc_30&k=2012081800135

こうした上陸活動を中国政府が水面下で後押しし、日本を戦略的に揺さぶってくるはずです。

また、漁民を使って実効支配の既成事実を作るための作戦を展開することも考えられます。

例えば、すでに南シナ海で行われているように、中国政府が漁民に奨励金を出して出漁させ、上陸を常態化させる事態もあり得るでしょう。

その裏付けとして、中国政府が年内にも沿岸の漁業関係者に対して、尖閣諸島周辺への出漁を解禁するとの情報もあります。(8/17 読売「尖閣で中国活発化…巡視船増強、出漁解禁の臆測」⇒http://www.yomiuri.co.jp/world/news/20120817-OYT1T00282.htm

そうなれば、政府の後ろ盾を得て、中国沿岸の数百、数千の漁船が雲霞のごとく、尖閣諸島周辺に押し寄せてくる可能性もあります。

当然、漁民の中には民間人を装った人民解放軍の兵士(民兵)が含まれており、海上保安庁が彼らの上陸を阻止することは極めて困難となります。

漁船が大量に押し寄せ、上陸した漁民らを日本の海上保安庁が排除しようとすれば、次に中国は「漁民保護」を名目に、武装巡視船を出動させてくるでしょう。

そうなれば、日本は巡視船間による武力衝突を覚悟しなければ、上陸漁民を排除できず、事実上の尖閣占領を許すことになります。

実際に中国は、国家海洋局所属の武装化した巡視船を大量に建造中で、2020年までには巡視船の総数を現行の2倍の520隻に増強する予定です。(同上)

以上は、あくまでも尖閣占領の一つのシナリオです。

実際には、今年7月に人民解放軍の羅援少将が、尖閣諸島を中国の行政区域とし、一帯を人民解放軍の軍事演習地域にするという「尖閣占領のための六大戦略」を発表しているように、様々な作戦が用意されており、その時の国際情勢や日本の国内情勢に合わせ、段階的に実行してくるでしょう。

防衛省・自衛隊は今年7月末、岩崎茂統合幕僚長が「尖閣出動に関する対処方針」の策定を指示しており、そのシナリオは、(1)漁民や海上民兵が不法上陸、(2)漁業監視船など武装公船が海保と警察を威嚇、(3)南西諸島に武力進行――というものでした。(8/16 産経)

いずれにせよ、この秋の共産党大会が終了し、新しく習近平体制が順当に発足した後、そして来春の東京都による尖閣の購入が実行に移される前までに、中国の尖閣占領作戦が本格的に動き出す可能性が大です。

李明博大統領の竹島上陸に続き、尖閣への活動家への上陸――。

ついに幸福実現党が立党以来警告してきた国防の危機、国難が現実化してきました。

明治維新で言えば、日本侵略を狙う黒船が沖合に出現して、その姿の一端を現してきた段階、と言えるでしょう。

その危機を、国家再生のための奇貨とし、新しい日本を作り上げるために幸福実現党が存在しています。

幸福維新に向け、共に力を合わせ、国難を打破し、新しい時代を切り開いて参りましょう!(文責・矢内筆勝)
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posted by ガンちゃん at 23:20 | Comment(0) | 幸福実現党 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年08月16日

ガンちゃん;観念論哲学による認識論と思考

観念論哲学による認識論と思考


人間の感覚器官がいかに不確かなものなのかというところから、考えを出発しなければなりません。
眼の感覚器官に関しては、一定の周波数によって、波長の長い方から、赤〜紫までの色が光のスペクトルとして知覚されます。しかし、スペクトルの光線領域は赤や紫を超えて拡がっているのに、一定以上あるいは、以下ですと眼は光のスペクトルとして知覚できません。
しかしその化学作用は認めることはできます。
例えば紫外線は、色として知覚できないと思いますが、振動数が高い紫外線はエネルギーも高いので、あまり紫外線にあたっていることをお勧めできません
これに類似した諸現象の考察によって、次のような観点に行きつくと思います。

人間の知覚世界の範囲は、人間の感覚能力の範囲内に限定されています。人間がこれまでの感覚以上の感覚を持ったならば、あるいは、そもそも人間に別種の感覚器官が与えられているとするならば、世界はまったく別の姿をとって現れてくると思います。
シュタイナー自由の哲学 参照
人間が観察できる範囲は、人間の身体組織に属する感覚器官に働きかけるものに限られます。しかし身体組織の制約を受けた知覚内容が、現実に対する何らかの基準になると考えるのは正しくありません。
なぜなら、新しい感覚器官を獲得するたびに、現実についての新しい姿が現れてきてしまうからです。

シュタイナーは、どんな種類の感覚を持ちえたとしても、知覚内容を思考しつつ概念と結びつけることをしなければ、人間は現実を手に入れることができませんと述べています。

大切なのは、どの知覚内容もそこに潜んでいる現実の一部だけしか与えてくれません。
この点を、しっかり認識しておきませんと、物がすべてという唯物論者になる可能性が高いと考えます。

「動物にも備わっている魂を、精神に作り変えるのは思考の働きである。」とヘーゲルは述べられていたと思いますが、思考の働き、思考内容こそが神や仏が持つ性質と同質のものであり、思考内容を高度なものにしていくことが、人間が神に近づいていくための修行なのではないかと思います。

我々の前に事物が謎めいて現れてきますが、それは事物そのものの成立過程に立ち会っていないからでありますが、思考を通して初めてその成立過程を考察することが出来るようになるとシュタイナーは言われていたと思います。
成立過程は知覚することができなくても、論理的思考を通し考察することで、因果関係を見抜くことができるのではないかと思います。

シュタイナー認識の出発点は思考であり、理念や概念からではありません。理念や概念は思考を前提として初めて獲得できるものです。ヘーゲルは概念から出発していますが、この点がシュタイナーとの違いであると思われます。これに関しては、別途考えてみたいと思います。

我々はまず、観察を通して知覚内容を得ることができます。しかしその知覚内容は、無秩序でバラバラな混沌の状態にあります。そのバラバラで無秩序な知覚内容を統一的にまとめ上げるのが思考であると考えます。
知覚内容は思考を通して概念と結ばれます。概念から照らされる光によって初めて知覚内容に意味付けがされるのであろうと思います。

しかし観察による知覚内容が増えるに従って、初めにあった知覚内容と、矛盾対立が生じてきます。知覚内容の範囲が広がるにつれて、これまで信じていた世界像を訂正しなければいけなくなります。新たな知覚内容に対して、今までの概念では意味付けができなくなり、自分の内に対立が生じます。
この対立、矛盾を克服していくことによって新たな概念が形成されていくことになると思います。
対立矛盾を止揚統一していく思考過程こそ魂の進化なのではないかと思います。


このように弁証法的な過程を通ってより高度な概念が形成されていくのではないかと思います。知覚内容は概念によって助けられ、概念は知覚内容によって高度化していくのであると考えます。

また、感覚器官は不完全な為、総体の中の一面、断面しか確認できなせん。感覚器官でとらえる現象は、変転変化するために、限られた時間内でこれが真実だと認識してしまうのは過ちのもとであると思います。
例えば、種から芽が出てやがて花が咲きますが、種だけを見てこれが花の本質だと認識したとしたら大変な間違いだと思います。一定の時間の枠内で、その対象の姿が真実をうつしていると見誤ってはならないのではないかと思います。いずれにしても知覚内容は思考を通して概念と結びつけることなしに、本当の意味で現実を認識することはできないと思われます。花の概念を認識するには、まず花の知覚内容を持たなければなりません。
その後に概念の総体の中から特定の概念を取り出してきて、知覚内容に意味付けを与えていくことになると思います。

人間の思考について深く考えることで、唯物論といった幼稚な考え方に惑わされることは無くなるのではないかと思います。


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posted by ガンちゃん at 23:13 | Comment(0) | 哲学的認識論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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