K子氏が神の声を聞いて被災地にボランティアに行ったということで、その神の声の正体とその意図、目的を明らかにする試みです。
ご本人は神の声を聞いたということで、ある週刊誌にその内容が載っていましたが、本当に神の声なのか、それても別の存在からの声なのか検証を含めての霊言です。
結論的には、天上からのインスピレーションではなく、どんでもない悪魔でした。問題ないのは、本人に名誉心や自分が偉いと思う心、慢心の心、そのような心の状態では、その声の正体が見抜けないということです。
人間はたしかにその本質において霊的存在ではありますが、この地上に肉体を持って生まれてくることで、本来の霊的能力が肉体に制約され限界があるため、どうしてもその正体を見抜くことができない。
よほど多様な認識力、洞察力、知力、真理知識、理性がなければ見抜けないだろうなと率直に思いました。大事なのは声が聞こえたということで、そぐにそれを神の声と判断し、うのみにしてしまうことだと思う。
声だけでその内容の善悪、微妙なすり替えを見抜く知力、判断力がなければ、危険すぎると思う。
やはり、教学のところをしっかりと押さえておかなければ、判断基準がないので簡単に騙されてしまうと思う。
これは、霊的な能力(受身的な)があっても、それ自体が特別に偉いとか、悟りが高いとか、自分は選ばれた存在だ、ということにはならないということだと思います。
信仰心があり総裁先生のそば近くにいるときは、輝いて、あるいは光って見えていたが、ひとたび信仰心を手放してしまったら、全く逆方向に行ってしまう恐ろしさを、知識としてだけではなく、現実に見たというか体験したことで、謙虚に努力しく中で信仰心だけは手放してはいかんなと感じます。
「見えないものを信じるのでなければ、何が信仰であろうか」と聖アウグズティヌスは述べていますが、信仰心や精神的なものは、感覚器官をこえた物質的なものではないので、自分の身に不利な状況や、自分の宗教的立場が低くされたりすると、とたんに批判側に回る傾向があると思いますが、その時はやはり、自分の実績を検証してもう一度、初心からやり直すというぐらいの精神的強さが必要だなと感じました。(自分自身を含む)。
その悪魔は、非常に狡猾で周りの人の同情を集めながら、K子氏が現代の聖女であり、それを追放したHSの科学は、間違った団体なんだと外堀を固めていく方法と、内側から分裂させようとさせつつ、政治的にも○総理を利用しながら、あらゆる角度から攻撃する隙を探しているのだなと感じます。
また、恐怖心を持つことで心の隙を作り、そこがまた、魔の餌食になりやすい、狙い目になるということも、感じました。相手に対して恐怖心を持つことで、体が動かなくなり、心理的にも相手の言いなりになりやすい状況になるので、支配しやすいのかも知れません。
原発事故やそれにともなう放射能の危険性をあおることで、身体に危険がないレベルの放射能に関しても過敏になり、必要以上の恐怖心をあおり、そこだけに目がいって、周りの状況が見えなくなることも悪魔の狙い目かなと感じました。
後は左翼系の唯物論的な学者関係は、たいてい地獄に行っているのかなと思います。
名前は控えますが、左翼系唯物論は自分の死すら理解しておらず、自分が生前してきたことに関して異様に自信を持っている半面、総裁先生のお言葉に対しては、自分の学説が覆されるのではないかと、非常な警戒心を持っていたように見えます。
結論的には信仰心を手放した瞬間に悪魔の操り人形になるということ。
スコラ哲学のトマス・アクィナスは「理性は神から与えられたものだから、けっして信仰と対立するものではない。ただ、信仰のうちには、理性で証明できる部分と、できない部分があることを忘れてはいけない。」と述べています。
つまり、三次元でいきている人間の認識力には限界があり、4次元的な存在を証明することは3次元的物差しでもってしては不可能である。ゆえに、神仏を信じる気持ち、信仰心を手放してはいけないと、知識だけでなく実際に見ることでつくづく感じました。
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