当時、子供と黄金の法を見に、2回位連れて行きましたが、さすがに3回目は拒絶されました。
その当時、怪獣がでる映画を見に行こうと言って誘いましたが、子供にはまた、『黄金』でしょ…といわれ、さすがに3回目は一緒に来てくれませんでした。
もしかしたら、黄金の法に対して悪いイメージを持たせてしまったかもしれない・・・反省しています。
余談ですが、イエス様が十字架にかけられ、最後に天使達が迎えに来てイエス様の魂が肉体から抜け出し天に昇って行くシーンが、涙がホロリという感じになってしまいました。
また、天上界のヘルメス神の指導によってイエス様が霊的復活をされたシーンは、とても美しく、キリスト教2000年の歴史の中で一番重要な場面だなとあらためて感動しました。
また、最後アリサとサトルがタイムマシンのエネルギー切れで21世紀の日本を立ち寄れずに通過するシーンは、なにか希望にみちて未来を見つめる青年という感じで不思議と感動して見ていました。
さらに余談ですが話がかわって、富に関しての情報をいただきました、○○○○○ブログさんにはとても感謝しています。
ここから感想です。
フィリピンでは「イエス様が、天に父がいると言っている。それがエル・カンターレである。その人を信じなさい」ということで、伝道が完了していると御法話でお話しされていましたが、これはすごいことだなと正直思いました。
キリスト教徒からすれば、イエス様が天の父といわれた方が肉体をもって目の前にいるということは、腰が抜けるぐらい本来はあり得ない話で、それを素直に受け入れるフィリピン人の信仰心の素直さは見習わなければと、あらためて考えさせられました。
実際、自分が会員になる時は、相当自分で確認をしました。当時出版されていた本を読みながら、本当かどうか自問自答しながら、やっと入会を決意したぐらいの信仰心が薄い自分でした。
それに引き替えレオは、『こんな未熟な自分では会員になる資格がないということで、当時出版されていた書籍は当然、全部読みこんで、己の心を正し、不退転の気持ちで入会したそうです。』
自分とは全然違うなーと感心して聞いていました。(-_-;)
一番問題なのが日本人は基本的に宗教を信じていない、あるは尊敬していないということ。
「宗教は人間の最高を目指すもの、神仏に近かづいていこうとする考え。これを見下すのは傲慢にもほどがある」といわれていました。
日本の教育自体に正しい宗教のもつ価値観や、善悪に対しての価値判断を学ぶ機会がないことが問題で、唯物的考え方や自虐史観をもった先生(すべての人ではありません)による教育が、小さいまだ判断ができない子供たちにどれだけ悪影響を及ぼしているかを考えると、その影響力は甚大だと思う。
しかし、いつまでも自称知識人と勘違いしている人たち対して、宗教を信じて努力している人たちが日陰に追いやられてはいけないと思う。
宗教を信じる人は、自信を持ち日々説得力を磨きながら、伝道して宗教的価値観を広めるべく努力しなければと思う。黄金の法で言われていました「愛と勇気」をもって頑張らねばと考えます。
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