2010年12月30日

ガンちゃん;キリスト教について その1

自分自身に関して一言!
HS会員になる前は、実はキリスト教にひかれていました.
当時は、キリスト教の愛の教えと、仏教の慈悲が似ているな〜、宗教の本質は洋の東西を問わず、他人に対しての、優しい気持ちが大事なんだなーぐらいの感覚でした。
また、正直なところ、キリスト教の教会の美しさや絵画、宗教音楽やステンドクラスなど、キリスト教の教え以外でも、見た目の美しさなど、世界の宗教の中では、一番素晴らしいという気持ちを持っていました。
当時の仏教に関しての正直な気持ちは、何でこんな難しい内容の教えで、人が救えるのだろうという気持ちと、感性的な部分での見た目の美しさや、宗教音楽に関しても、ぜんぜん違うなーと、単純に感じていました。
また、亡くなられた人の服を継ぎ合わせて、柿色に染めて衣服を身につけて修行してたと言う点で、
当時の感想としては、いくら何でも、そんな服なんか着て、気になって修行なんかできのるか?など、たわいもない疑問も持っていました。
やはり、教会の静寂した中で、一人美しい女性が、神に対して真剣に祈っている姿は、その姿事態が自分の醜い心に対しての懺悔というか反省の気持ちを起こさせて、自分自身を振り返るきっかけになる。
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現時点での今の自分の認識から見て、聖書の福音書を読み返してみると、また違った視点で感じるものがある。
当時は、意味がよく理解できなかった内容で以下の話がある。
『もし、誰かが、あなたの右の頬を打つなら、ほかの頬をも向けてやりなさい。あなたを訴えて、下着を取ろうとする者には上着を与えなさい』と言う内容があるが、どのように理解するば良いのか、わからない。
もしかしたら、キリスト教的な無我の教えかな…と考えてしまう。怒りや欲望に対して、無我の気持ちで接しなさい。という意味かもしれない。
また、『敵を愛し、迫害するもののために祈れ』と言う教えがあるのに、なぜ他の国に対して、侵略したりできるのか不思議であった。今にして思えば、聖書を読んでないのか、ユダヤ教の教えの部分を取り出してそのような行為に及んだか…いずれにしてもイエス様の教えではないことは確かでしょう。また、『あなたは祈る時、自分の部屋に入り、戸を閉じて、隠れた所においでになる、あなたの父に祈りなさい』とある。
これは、現在で言えば活動するにあたって、いかにも自分は誰よりも信仰心があつく、”主”を信じ、セミナーにも参加して、誰よりも悟りが進んで自分の境地は菩薩ですと、周りの人にアピールする会員で、そのような気持ちではいけないと言う、教えではないかと思う。
また、『目は体の明かりである。だから、あなたの目が澄んでおれば、全身も明るいであろう』とあるが、心の清らかさや、精神性の高さや悟りの内容によって、外見に現われると言うことでしょう。
一番、体の中で心の状態が反映されるのが目と言うことでしょうから、ある程度、外見で判断するとしたら目を見るのも一つの方法でしょう。 ぜひポチッとクリックしてね!応援よろしくお願いします。
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posted by ガンちゃん at 19:14 | Comment(0) | HS/ガンちゃんの感想・考察 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年12月29日

ガンちゃん;時間と空間について

時間と空間について、幸福の科学の考え方から外れないように書いてみようと思います。
時間と空間
時間と空間は古今東西の謎である。現在、すべての人に共通する時間を決めることにより、良く生きていくための基盤としている。時の長さの単位“秒”はセシウム原子の出す、特定の色の光の周期の9192631770倍であるとされている。ニュートンはあらゆる観測者にとって一様に流れる時間(絶対時間)を仮定し力学の体系をつくりあげた。また、現代では時間をエントロピー増大(注1)の法則に結び付けた説明をされている。外部からエネルギーや力を加えない限り、秩序から無秩序へ、使用可能なエネルギーから使用不可の状態のエネルギーへ時間は変化していく。相対性理論では相対運動する座標系では時間の進みは遅くなる。
速度が速いほど、加速するほど時間の進みが遅れると言う。キリスト教父アウグスティヌスは時間を意識と結び付け時間の過去、現在、未来を過去→記憶・現在→直観・未来→期待とし時間の主観性を説いた。観念論哲学のカントは時間と空間を主観的な純粋直観形式とした。(注2) ハイデッカーに関しては、今の時点では説明を控える。ただこういった説明では時間の本質が理解できない。イメージしようにもできない相談だ。そこで過去の偉大な宗教者や哲学者が時間に対してどういった認識をしていかを確認しながら頭の中で理解できる形で説明したいと思う。

(注1)
変化にあずかる系全体のエントロピーは断熱変化では決して減少せず、断熱非可逆変化では常に増大する。熱力学第2法則から導かれる。
(注2)
直観形式(カントの用語)カントにおいては時間と空間は感性的であると同時にアプリオリな直観であり(純粋直観)感性的直観の内容を受容する形式とされる。純粋とは一般的にはそれ自身のうちに他の異質なものを含まぬこと。カントでは経験や感覚を含まぬアプリオリに可能な認識が純粋な認識とされている。時間と空間は感性的でありアプリオリなものとして純粋直観と言われている。
アプリオリ・アプステオリ 先天的・後天的と訳される。


幸福の科学的時間論を基準として話を整理していきたいと考える。ここに箇条書きにして時間の考えをまとめる。

@時間を同心円状と考えると、中心で根源の神の思いがあり、外側に行くほど時間の幅が長くなる。 次元が下がるごとに時間の幅が長くなる。(時間が遅くなる)
A時間は、意志が表象化するまでの間の期間
B時間とは、存在の運動形式
C時間が流れることによって、空間も霊的存在及び霊界も存在が可能。
D空間の本質とはエネルギーが、稼働するための必要な領域
E時間とは直線的に流れるのではなく、渦のように回転運動をしている。渦の大きさも一様でな   く各個人の意識の違いによって、違った大きさの渦の中に存在する。
F時間とは本来はなく、神の側から見たら我々が時間と呼んでいるものの本質は、愛である。

Bの、時間とは存在の運動形式
我々は現象の変化を通して時間の流れを認識する。
運動形式とは、現象が変化したと言うことであり、現象が変化するには、エネルギーの作用がある。
エネルギーが作用したと言うことは、その作用した分、エネルギーを消費したと言うことであり、時間とは
自然界におけるエネルギーの消費を意味するかもしれない。
時間とは、現象の変化、存在の運動形式であり、現象の変化がエネルギーの消費をもたらすとしたら、現象の変化が、激しければエネルギーの消費量も大きく、時間の進み(流れ)も速いはずである。逆に、現象の変化が、ゆっくりであれば、エネルギーの消費が少なく、時間の進みが遅い。
ここで言うエネルギーの正体は、霊的エネルギーである。

仏教シリーズで時間縁起・空間縁起の説明がされているので、1回、時間と空間について、大雑把に整理してみました。
説明が分かりづらいと思いますが、それは、ガンちゃんの説明能力の不足なのでご了承ください。 ぜひポチッとクリックしてね!応援よろしくお願いします。
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posted by ガンちゃん at 01:53 | Comment(2) | 哲学的認識論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする