2017年04月23日

肉体の崩壊をくい止める魂の働きと存在に宿る霊的エネルギーについての考察

肉体の崩壊をくい止める魂の働きと存在に宿る霊的エネルギーについての考察

物質(肉体)と魂(霊的エネルギー)に関して考えてみます。
現在、生命体発生の関係で最先端の分野は遺伝子工学ではないかと思いますが、生命の原点と思われる遺伝子(DNA)デオキシリボ核酸で人間の基本的情報(設計図)を子孫に伝えていくといわれています。

DNAの情報をRNAが伝達します。
RNAは細胞内にあるタンパク質製造工場のようなところにいき、DNAから移してきた情報をもとに、タンパク質がつくられていきます。DNAは生命体で必要なあらゆる成分の仕様書のようなものでありRNAは情報伝達する役割であると考えられていると思います。

しかし、ある科学者はどの細胞をどのくらいまで作り、全体の形をどのように仕上げていくかまではDNAに含まれてはいない、そこまでの機能は内蔵されていないと言われています。
DNAは大変研究されていますが、どの細胞をどの程度作り上げ全体的にどのように仕上げていくかまでは、DNAには判断できないということです。

よくよく考えてみますと、DNAやRNAにしても、このようなものが偶然にできるとは思えませんが、人間がそれを発見する前から存在しており、別に人間がDNAやRNAを創造したわけではありません。

では、どのようにして肉体が構成されていくのでしょうか?
肉体を構成するにあたってその指揮命令系統が、魂としての一つの役割でないかと考えます。

魂が肉体を作る過程で鋳型の役割といいますか、結晶促進剤のように次々と肉体を作る方向性を与えているではないかと考えます。

「生命体においては、部分が全体を規定するのではなく全体が部分を規定するはずであるが、そのメカニズムは」・・・
つまり生命体の部分である頭、胴体、腕、足などを別々に作ってつなぎ合わせても生命体はできません。
肉体を作り上げている分子、原子を同じ総量デタラメに合わせても生命体はできません。
さりとて、全体が統制されて一体をなしているのですから、部分は必要であるはずです。

内臓やその他の諸器官は、その機能や性質、形態に合わせた固有の波動(振動数)をもっていると仮定します。
その個々の振動数の総合計が、その外側の肉体(全体)を表現しているのではないかと考えます。
それぞれの諸器官は波動(固有の振動数)を持ちながら、その合計の波動が外側に全体を規定している、全体を統一しているのではないかと考えます。
内臓やその他の諸器官がもつ固有振動数の総計が、全体としての肉体を表現している。

肉体がある程度できあがった時点で、魂が肉体に宿りますが、その時に上記で説明した肉体の波動と、母の胎内に宿った魂の波動の周波数が合わずに、母体の固有の波動(生命波)が乱され『つわり』が起きるのではないかと推定します。
肉体に宿ってきた魂の波動の周波数と母親の肉体の周波数が一致してきた時点で、『つわり』は無くなると考えます。
船酔いや車酔いも同じ原理だと考えます。車の振動によって重力波が発生し、この波動が肉体の固有振動を乱すことによって、吐き気という現象が起きます。
どちらも病気などではなく吐き気という現象です。

人間が肉体だけの存在だけでなく、魂あるいは思考するエネルギーがその本質であるならば、人間だけではなく動物や植物にも魂が存在すると考えるのが自然な考え方です。

以前にも書きましたが万有引力発生のメカニズムは以下の通りです。
原子核を中心として電子が自転しながら公転していますが、パウリの排他律(主量子数・方位量子数・磁気量子数で指定される1つの軌道)には、スピンが互いに逆向きの2個の電子しか入れません。物理小事典より
一つの電子軌道に2個の電子が180°離れた位置から同一方向に回転するので発生する電磁波の位相(山と谷)が180°ずれて電磁波としては相殺されますが、エネルギー保存則がありますから消滅したわけではなく、サイエネルギー≒重力波に転化するのではないかと考えました。
輻射した分、希薄になった原子空間に流れるエネルギーが現在観測されている万有引力であると推測します。
また、原子の中はマイナスの電荷をもつ電子と原子核を構成するプラスの電荷をもった陽子が存在するので、電気的には相殺されて中性になると思われるが、エネルギー保存則があるので、なくなったわけでなく別のエネルギーに転化したのではないかと考える科学者もいます。(サイ科学を参考)

原子を通して霊的なエネルギー(≒サイエネルギー)と物質の間でのエネルギーの変換、やり取りが行われているのならば、物質世界と同じような世界が、霊界においても展開しているものと推測できます。もちろんそれは4次元までの話で、実際5次元以上になると3次元的な材料をもってしては説明できないのではないかと考えます。

物質世界は同一時刻に同一空間を共有できないので現象は重複するということはありませんが、霊的世界は波動エネルギーで構成された世界なので、多くの現象が重複していると考えられます。
つまり過去、現在、未来が同一空間を共有することが可能な世界です。

例えば、空間には各種の電波が飛び交っていますが、周波数を合わせることで電波を受信することができます。
いろんな周波数の違う電波が同一空間を共存しているのと同じように、過去や未来が同一空間に共存していると思われます。
余談ですが、心の思いが未来の周波数に合うと予知が可能になるのではないかと思われます。

原子の構造上、内部で電磁波が相殺されて、電気的に中性な波動(重力波≒サイエネルギー)が発生している可能性があります。
それは、電気を使った測定機では確認できません。電磁波とは「電気と磁気の場の振動が伝わる波動である」と定義されていると思います。
その電磁波が相殺されて、サイエネルギー、霊的エネルギーに変換されるので、霊的エネルギーと電気は、関係があるということになります。
植物や人間に関しても常に、霊的エネルギーを放射している可能性があり、観測にはかかりませんが、それが、一般的にいわれているオーラとよばれるものではないかと思います。


シャーリマクレーンは、体外離脱の経験があるようですが、その時に周囲にある植物や人間のオーラを確認しています。
植物から多彩にきらきら輝くオーラが放射されているのを確認しながら、肉体から魂が離脱し、銀のコードに繋がれた状態で、月の近くまで飛行し月の裏側から、他の銀河系を目撃したようです。

私自身が日常の中で植物の神秘を感じとる瞬間がありますが、例えば、コンクリートを突き破って、小さい植物の芽がでている光景を何度が確認しています。
コンクリートが盛り上がり、コンクリートを割って小さな植物の種子が発芽していますが、このような小さな植物がどうして、コンクリートを突き破って芽をだすのか不思議でした。
おそらく、種子から芽がでるとき、形状が変化するときにエネルギーの変換が行われ、膨大なエネルギーの放射が、コンクリートを押し上げたのではないかと推測します。


シュタイナーの「アカシャ年代記より」を参考にアトランティス大陸エネルギー源の一つである、植物の発芽エネルギーについて考えてみます。

シュタイナーは以下のように述べています。
「アトランティス人は生命力と呼ばれているものを統御することができた。今日の人間が石炭から熱エネルギーを取り出して(シュタイナーの存命当時)、それを交通機関の推進力に変えるように、アトランティス人は植物の種子から発芽力を取り出して、これを技術に役立たせる方法を知っていた。この方法については、以下に述べる事柄を通して、ひとつの観念を得ることができよう。
穀物の種を考えてみよう。この種の中にひとつの力が微睡でいる。種が発芽し、茎が育っていくのはこの力による。
自然は穀物の種に宿るこの力を目覚めさせることができるが、現在の人間は同じことを自由に行う能力を持っていない。彼にできることは、種を地中に埋めて、自然の力がそれを目覚めさせるまで待つことだけである。アトランティス人はこの自然力に似た能力を持っていた。彼らは、ちょうど現代人が沢山の石炭の火力を技術的に利用できるように、沢山の穀物の生命力を集めて、これを技術的に利用する方法を心得ていた」と書かれています。

太陽の法に書かれている内容とほぼ同じであると考えてよいと思います。

生命エネルギーの形状が変化するときに、膨大なエネルギーの変換がおこなわれるという原理は、
アインシュタインの式に関係があるような気がします。

アインシュタイン エネルギー式.bmp

エネルギーを光速の二乗で割ると質量になり、質量に光速の二乗を掛けると、エネルギーになる。
例えば、僅かな質量(液体・石油)が炎に変わると(形状の変化)、膨大な熱エネルギーを発生するというのと相似の関係があるかもしれません。
また、エネルギーを光速(光の1秒間の振動数と考えて)の二乗で割ると質量(m)になるわけですから、質量の本質とはエネルギーの振動であると考えることも可能であると思います。

しかし、残念ながら式からではエネルギーの本質が何であるかが理解できません。
エネルギーとは「仕事を為し得る能力である」と言われています。
力学的エネルギー・運動エネルギー・ポテンシャルエネルギー・熱エネルギー・化学的エネルギー・
核エネルギー・万有引力(≒重力)等ありますが、生命エネルギーに一番近いのは、万有引力ではないかと考察します。





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posted by ガンちゃん at 02:18 | Comment(0) | 物理・科学・宇宙論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年04月17日

空の世界と人品骨柄

空の世界と人品骨柄


維摩経には、このような内容が書かれていたと思います。
菩薩に降りかかった花は、地に落ちましたが、大声聞たちに降りかかった花は身体にくっついて地面に落ちません。
神通力を振り絞ってこの花を地面に落そうとしても落ちません。そこで天女が大声聞に「その花を振り落としてなにをなさるのですか」と質問します。
大声聞は、「天女よ、これらの花で飾ることは、出家の身に相応しくないことですから、取り去ろうとするのです」と答えます。
そこで天女は、「この花は法にかなっています。この花のほうでは考えたり分別したりしないのに、大声聞こそが思慮し分別するからです」と答えています。

花のほうでは出家者と在家者などと分別していません。この二つの世界を区別しているのは大声聞の判断(分別)であり思惟です。

自分自身は気づいていないとしても、どこかに自惚れの心があれば、それは外に必ず表現されます。
持続して考え続けていることは、自然にその人の人品骨柄を表していきます。

仏教的世界観では、感覚的なものは幻であるという見方(空観)がありますが、その中で人は、何を善と考え何を美と考え、どのような価値観を持ち続けるかによって、人柄を形成していくと思います。
その様な意味で、考え(あるいは思い)こそ、私自身であると言えます。

仏教的な空の世界観は地上に対する執着を断つという意味で大切な考え方であると思います。

過去・現在・未来を通して恒常であり、それ自身として他のものに依存することなく自立的に存在する本体とは、人間の思惟の世界における概念としてしか存在しません。

現に存在するものは、各瞬間に変化する無常なものであり、他の多くのものを原因として、他のものに依存してのみ現象する、他律的なものであります。

空の世界観を深いところまで認識できなくても、知識として知っているだけで、慢心したり自惚れたりする気持ちを断つことができるかもしれません。

仏典に書かれていますが、あらゆるものには本体がなく、その意味で、ものは空です。
幻術師がつくり出した幻が、どれほど大きな光景であり、千変万化しようとも、本体としては存在しないのと同じであります。独自の性質を持たない無自性なものです。

しかし、すべてのものが『空』であるからといっても真理は実在です。

仏典から引用すれば、「教えを説いて与えることはすべての贈与にまさり、教えの妙味はすべての味にまさり、教えを受ける楽しみはすべての楽しみにまさる。妄執をほろぼすことはすべての苦しみに打ち勝つ。」と書かれています。
真理を伝えることは、すべてにおいて善であります。

目に見えない真理を伝えるとういことは、自分自身の人格を向上させていくことでしょう。

自分の話を聞いてくれて、相手が真理の世界に入るきっかけになったのであれば、自分自身もうれしいものです。

自分自身の考え方や価値判断が、やがて魂の傾向性になっていくでしょう。
持続的に考えていることは、その自身の人柄としてあらわれて他の人に影響を与えていきます。

空の世界観を受け入れ執着を断ち、真理をまなび続けることで、人柄がよくなっていくことでしょう。
それは、周りの人に良い影響を与えることができるということです。




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