2017年11月15日

宇宙人ユミット ウンモ星人からのメッセージ

宇宙人ユミット ウンモ星人からのメッセージ

ユミットとはウンモ星人のことであり、手と足をあわせると8本あると言われています。
その姿をストレートにあらわすと、地球人がパニックを起こすので、通常は地球人になりすまして、地球の文化等を探究し、調査しているようです。

また、地球人があまりにも精神と不釣合いに、テクノロジーが進んでいるので、警告を含めた手紙を地球人に送り続けているようです。

地球人の文化を探るべく、色々な品物やサンプルをちょっと盗んでは調べていたようです。
「宇宙人ユミットからの手紙」ジャン ピエール・プチ参照

一軒家の農家?に侵入して、ボールペン、湿度計、切手、手紙の束、トラクター代金の領収書、トイレットペーパー、子供用の百科事典、また、人間を眠らせて、汗や髪の毛を採取し研究していたようです。

品物やサンプルをたくさん手にしたものの、それを分析して調べても科学的組成なら正確に突き止めることができたようですが、その品物を何の目的で、どのように使用するかになると、皆目、見当がつかなかったそうです。

例えば、石鹸をどのような目的で使用するかなど、結局分かりませんでした。
古い目覚まし時計の機能に関して、しばらくは疑問であり、最初はこの機械に送信機がついていて、われわれの居場所がばれてしまうのではないかと、心配していたそうです。

タバコのほうは、以前撮影しておいた人間の写真があったので、正体がすぐにわかりました。
これはつまり、地球人が呼吸を楽にするために、何らかの気体を発生させる装置なのだ。ところが内部をいくら調べてみても、予想していたような複雑なメカニズムがでてこない。これにはさすがに、がっかりしたようで、ますます謎が深まってきたそうです。

分子構造や科学的組成に関しては、調べることができても、その品物を使って、どのように使用するのかが、なかなか分かりませんでした。

送られてきた手紙にはかならず「王」という漢字を横にしたようなマークというか、印が付いているようです。
もしかしたら、この「王」とう字を横にした印は、ウンモ星人の体の形状を表現しているのかもしれません。


宇宙人のユミットからの手紙は、だんだんと世間に浸透していったのでユミットは、人々の関心を喜んでいたようです。

天文学に関する報告書をカリフォルニアのパロマ天文台所員に送り、不規則な星雲の形状が、いかに形成されるかを説明しようとしました。
「そのような形状は、双子の宇宙が作用を及ぼす為」と書き送ったのですが、現時点での地球人の知識レベルでは、内容の重要性が理解できなかったようです。
手紙を受け取った側では、こっそりと読んでそのままゴミ箱にポイと捨ててしまいました。
そういうこともあって、ユミットは地球人の科学的好奇心のなさに愕然としてショックをうけたようです。

双子の宇宙とは、現在、観測されている宇宙と、対の関係にある観測にかからない反宇宙のことだと考えます。


宗教的には、キリスト教に近い宗教であると教わっています。キリスト教の教えの中核は、愛の思想ですから、ウンモ星の価値観は、科学と愛の教えが主流であるということになります。

ベガ星の価値観が、温和や変化であるのに対して、ユミット(ウンモ星人)の宗教的価値観が、愛ということであれば、人に対しての温和な気持ちと愛の思想が共通する価値観として地球的に融合すると思えます。


更には、地球人の軍備関係の進歩に関しての警鐘をならした内容の手紙もあるようです。
精神性がついていかない科学的進歩は最終的に人類の滅亡につながっていきます。
このような進歩は、プラズマ兵器に行き着くものであり、このような兵器は一瞬にして地球を焦土に化してしまうと警鐘をならしています。

※プラズマとは、原子が電離したガス状態をプラズマという。超高温で原子核から電子がはぎとられ裸の状態でとびまわっている。

また、治療に関して手紙が届いていています。
例えば「ガン」の治療に関しても、その治療方法を教えようとしないで、いつもこのように答えるようです。
「その気になれば、治療することは簡単です。けれどもあなたがたが自分で治療できるようになれば、病気をひきおこすことだって、できるようになりますからね」

これも科学技術の進歩に精神性がついていかない地球人に悪用されない為の配慮であると思えます。

宇宙に関しても、二重構造になっていて、一つは我々が五感を通して感知している4次元時空の宇宙、我々が認識可能な正の宇宙です。
そして、対をなす反宇宙あるいは裏宇宙と呼ばれる存在です。

ユミットは、宇宙は4次元時空ではなく、10次元であると言っています。物質宇宙と霊的宇宙の二重構造になっていて、相互に影響し合っていると述べているようです。

超物理的構造(霊的世界)でてきている高次元世界によって、物質世界の物理的構造を主導的に操作している可能性があると述べています。
つまり、宇宙の背後には、プラトンがいうように、理念があり、物質世界はその影響をかなり受けているということです。

これは、地球上の磁場領域が地獄的か天国的か、どちらか大きいほうの影響を受けやすいことを意味していると思います。

人間の考え(思考内容あるいは想念)が地球に影響を与えるということは、地球も太陽系に影響をあたえる可能性があり、太陽系は、銀河系にも影響をあたえるものと考えます(宇宙樹)。

思考内容が霊的な磁場を作るのであれば、やはり思い、考えを変えていかなければ、この危機的状況を回避することができないと思います。

宇宙人ユミットが心配していることとは、地球人の精神性が科学技術とつりあっていないという問題だと思います。
地球人は、目に見えない尊い価値があるということに気がつかなくてなりません。
そして、科学技術に見合うだけの精神性を高めていかなくてはなりません。

そうしてこそ初めて、スペースブラザーズの仲間入りをすることができると思えます。


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posted by ガンちゃん at 02:57 | Comment(0) | 物理・科学・宇宙論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年11月14日

全体主義の問題点について

全体主義の問題点について

社会主義の問題点と、その行き着く先を考えて見たいと思います。
全体主義は、個人としての自己責任の意識を希薄にしているではないかと考えます。

聖徳太子の十七条憲法の第十条には次のように書かれています。
「人にはそれぞれ思うところがあり、その心は、自分のことは正しいと考える執着がある。他人が正しいと考えることは、自分は間違っていると考え、自分が正しいと考えることを他人は間違っていると考える。しかし、自分がかならずしも聖人ではなく、また他人がかならずしも、遇者なのでもない。両方とも凡夫にすぎないのである。正しいか、間違っているかという道理を、どうして定められようか。・・・・・他人が自分に対して怒ることがあっても、むしろ過失がなかったかどうかを反省せよ。また自分の考えが道理にあっていると思っても、多くの人々の意見を尊重して同じように行動せよ」中央バックス日本の名著参照。
誠に素晴らしい内容だと思います。しかし聖書でも思想でもそうなのですが、解釈の仕方によってまったく違った意味にとられてしまうことがあります。
例えば、「他人が自分に対して怒ることがあっても、むしろ過失がなかったかどうかを反省せよ」とありますが、外交問題として、先の戦争で日本は、中国を侵略したのだから、中国が日本に対して言うことに何の反論もできないという外交であれば、日本の国益を損なうことになります。
個人としては、すばらしい行為であっても、国と国の関係において、間違った行為になることもあります。

また、「多くの人々の意見を尊重して同じように行動せよ」という内容を、自分の考えや意見が何もなく、ただ全体の流れに逆らうことなく流されていると考えるならば、そこに自己責任の考えはありません。

ハイエクは、倫理的分野における積極的な基準である道徳などや、道徳的原則を維持しようとする真剣さでは、集産主義(社会主義)運動はマイナス影響を及ぼしたと言われています。
そのようになってしまったのは、道徳が個人的行動にかかわることだということを忘れてしまい、社会や制度に責任を転換しているうちに、個人的責任をいう概念が希薄になってきていることを指摘しています。

また、「われわれは自分のふところを痛めることなしに博愛的であろうとすることを許されていないし、自らの選択の余地がないところで博愛的に振る舞ったからといって、どんな価値があるものではない」とハイエクは記しています。
要するに道徳とは個人的なものであり、自らの痛みを伴うものだということです。
ですから「貧しい人に予算をつけなさい」といっている人が税金を納めていなかったら博愛的ではありません。
自分の懐からお金を出すのが博愛的であるということです。
このあたりまえのことが現在、狂ってきていると渡部昇一氏も述べています。
自分の腹の痛まないところで福祉予算を多くするといって、いい気分になっている人が多すぎると指摘しています。
例えば、気が狂れた人間が、誰かを刺したとします。『頭が正常ではないからマスメディアに名前を出していけないし、監獄に入れてもいけない』。そういうことを言うと立派な人だと思われるかもしれません。

しかし、その人自身が刺されてそれをいうのなら偉いと思いますが、自分が刺されていないで、そのようにいうのは偽善です。

これは、本当に天国と地獄がひっくり返った感じを受けて、憤りを感じますが、加害者が法的に守られて、被害者が泣き寝入りするとは、いったい正義はあるのかと言いたいです
しかも、それが法的に正当化されるというのであれば、社会主義は邪教そのものであると言えると思います。

倫理は個人において成り立ち、その為には個人に自由を与えなければならないということだと思います。


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posted by ガンちゃん at 02:31 | Comment(0) | 政治・経済 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする